朝食時。真選組隊士達は食堂で賑やかに食事をとっていた。一人で食事をとっている陽菜のもとになつみがやって来た。
「陽菜さん!胸ってどうすれば大きくなるんですか!?」
ぶうぅぅっ…!!
その場にいた全員が吹いた。
成人した男達の声は低い。ゆえに、高いなつみの声はよく聞こえる。
いきなり何を言うんだと隊士達は呆れ顔でなつみと陽菜の方を見た。
なつみの突拍子のない発言に覚えがある沖田は顔をしかめる。その横では土方が我かんせずでマヨネーズ定食をかきこみ、そのまた横では吹いた時に変なところに入ったらしい近藤が咳込んでいた。山崎が慌てて水を持って来る姿が見える。
真剣な表情のなつみはそんな回りの様子に一切気付かない。陽菜は戸惑うばかりだ。
「えっと…いきなりどうしたの、なつみちゃん?」
「沖田さんがナイスバディの人がいいっておっしゃったのでナイスバディな人を目指しているんです!とりあえず胸を大きくしたいなぁ、って」
やっぱり、と沖田はため息をついた。
「恋人が出来たら胸が大きくなるって読んだんですけど、沖田さんの恋人になるためにあたしは胸を大きくしたいわけでして…。陽菜さん、土方さんと恋人になって胸大きくなりました?」
「ぶっ!」
土方がマヨネーズ定食を盛大に吹き出す。慌てて二人の会話を止めようと立ち上がるが、沖田に足をひっかけられバランスを崩しこけた。見ると沖田がニタァと笑っている。
そんなことが行われているなんて露にも思わない陽菜は自分の胸に手をあてて言った。
「うん…。実はそうなの。下着のサイズも変わっちゃって…」
その瞬間土方は殺気まがいの視線を幾つも感じた。背後に一段と殺気を感じた土方は素早く振り返る。そこにいたのは自称陽菜の父親、近藤勲。
気が付けば土方は隊士達に囲まれていた。
「トシィィイ!!お前って奴わぁぁあ!!!!」
「ふざけんな副長ぉぉお!!!!」
「死ね土方ぁぁあ!!!!」
「うるせぇぇえ!!!!」
言い訳出来ない土方は恥ずかしさを隠すため目一杯叫んだ。
そんな騒ぎを余所に女中二人は真剣に話している。
「やっぱりそうなんだぁ…」
しょぼんとなつみは肩を落とす。
「他に方法はないの?」
「胸を大きくする体操って奴が雑誌に載っていましたけど、あたしこういうの長続きしなくて…」
「なら私と一緒にやりましょう。そしたら頑張れるでしょ?」
にっこり笑う陽菜を見てなつみは顔を輝かせ陽菜の手を取る。
「本当ですかぁ!?ありがとうございます!」
沖田はぽりぽりとたくわんを食べながらきゃっきゃっとはしゃぐ女中二人から視線を隊士たちとと乱闘している土方に変えた。
(…平和ですねィ)
朝食後、なつみは土方にゲンコツをくらったが原因がまったく分からなかった。
巡察から帰ってきた沖田は大きなあくびをしながら廊下を歩いていた。ひょこっとなつみが顔を出し駆け寄って来る。
「お帰りなさい、そそそそそっ」
「そ?」
いつになく挙動不審ななつみの態度に沖田は眉を寄せた。心なしかなつみの顔は赤い。
「っ、お帰りなさい総悟さん!」
きゃあ、言っちゃった!となつみは熱い頬を押さえる。それから沖田の表情を窺った。
「…なんで嫌そうな顔するんですか?ちょっと傷つくんですけど」
「…うわぁ〜」
「引くんですかっ!?沖田さんにとってあたしって下の名前を呼んだら引かれちゃう存在なんですかっ!?」
憤慨するなつみの頭の一カ所はぷくっと膨れている。
「たんこぶ、できてやすゼ?」
「…まだズキズキ痛いです」
怒っていたのにしょぼんとするなつみ。ころころ変わる表情は見ていて飽きない。
「なんで打たれたのかいまだに分かりません…」
唇を尖らすなつみに沖田は思わず笑う。沖田の笑顔を見たなつみは顔を赤くした。
沖田はあまり表情を見せない。笑った顔は特に。なつみは沖田の笑顔が大好きだ。可愛くて見るたびにキュンとする。
笑顔を見て調子にのったなつみはグッと拳を握り計画していたことをやることにした。
「沖田さん!あたし、やりたいことがあるのでやっていいですか?」
「嫌でィ」
「ではっ!」
「聞けよ」
深呼吸を一つしたなつみはにっこり笑顔を浮かべた。
「お帰りなさい総悟さん。ご飯にする?お風呂にする?それとも、あ・たっはぅ!!」
言い終わる前にチョップを食らわされた。しかもたんこぶの上から。もの凄く痛い。
涙目で沖田を睨む。
「う〜…何するんですかぁ」
「それはこっちのセリフでィ。なんのマネですかィ?」
「何って…新婚ごっこです」
堂々と言い放つなつみに沖田は無言でもう一度チョップを食らわさせた。「ぎゃう」と色気のかけらもない声があがる。
「なんで同じ場所にするんですか!?」
「たまたまでさァ」
「もう…照れなくても、っ嘘です!ごめんなさい!」
再び腕をかまえた沖田になつみは慌てるのだった。
肩に何かが触れるのを感じ土方は目を開ける。どうやら机に突っ伏した状態で寝ていたらしい。体を起こすとそこには陽菜がいた。…布団をかけてくれたようだ。
寝ぼけた頭でそう理解する。自然と頬が緩み、陽菜の頬に触れた。陽菜は何故か顔が赤い。少し躊躇った後、陽菜は口を開いた。
「根をつめないでちゃんと休憩をいれてくださいね、十四郎さん」
土方は目を見開く。カァッと陽菜はさらに顔を赤くした。
「えっと、なつみちゃんが呼び方を変えたら相手の気をひけるって雑誌に書いてあったって言ってまして…だから私もやってみたらって、その…」
俯きごにょごにょと言い訳みたいに言う。…そんな仕種全てが愛おしい。
土方は陽菜の腰をひき寄せる。
「ひ、土方さんっ」
「違うだろ?」
意地悪な微を浮かべる土方。陽菜の耳元に口を寄せ低く囁く。
「もう一度呼んでくれよ」
陽菜は顔を真っ赤にし、小さく土方の名前を呼んだ。
好き、だから好き
「あり?土方さん、なんだかご機嫌ですねェ」
「…うるせェ」
「顔がニヤついてまさァ。気持ち悪いですよ、十四郎さん」
「っ!?お前なんで知って、」
「トシィィイ!!俺は娘をやるつもりはないぞぉぉお!!!!」