「はい、なつみちゃん」
「ありがとうございます!」


今日は初めての給料日。なつみは嬉しそうに近藤からお金の入った封筒を受け取る。


「無駄遣いしちゃダメだぞ?」
「はい、分かってます!」
「嬉しそうだなぁ。何に使うつもりなんだ?」
「えへへ…内緒、です」


嬉しそうな笑顔のままそう言い、近藤に向かってお辞儀をしなつみは走り去る。一人残された近藤は首を傾げた。
「廊下を走るんじゃねェ!」と言う土方の怒鳴り声となつみの「ごめんなさ〜い!」と言う声が屯所内に響いた。







沖田は縁側でアイマスクをして昼寝をしていた。


「沖田さ〜ん!」


沖田は声が聞こえた方向に背中を向けるように寝返りをうつ。


「沖田さん、沖田さんってば!」


無視をしようとしていた沖田だが、体を揺すられ心底嫌そうにアイマスクを上げ肩ごしになつみの方を見る。


「なんなんでィ。俺は今忙しいんでさァ。見て分からないんですかィ?」
「え?鍛練サボって昼寝をしているんじゃないんですか?」
「違いまさァ。いつ攘夷浪士が襲ってきても大丈夫なように体を休めているんでィ」
「そうなんですか」


流石沖田さんです、となつみはうんうんと納得したように何度も頷く。沖田はなつみをじと目で見た。こいつバカだろ。


「ま、そういうことだからとっととあっち行きなせィ」


しっしっと沖田は犬を追い払うような仕草をする。


「ダメです、沖田さん!」
「…何がダメなんでィ」


なつみは先程近藤からもらった封筒を取り出した。


「あたし、今日初めてお給料をもらったんです!」
「足ひっぱることしかしてねェくせに給料はもらうとかお前どーなんでィ」


痛いところをつかれなつみはグッと言葉につまった。役に立とうとすればするほど迷惑をかけているような気がする。
この前は窓を開けっ放しでパトカーを洗ってしまい、車内がビショビショになった。そればかりか車内にあった無線機を壊してしまったのだ。土方にはこっぴどく怒られた。


「どーせバカですよ」
「自覚あったんですかィ?」
「ひどッ!?ここって普通慰めるところじゃありません?」
「俺ァ正直者なんでねィ」
「それって何気に一番ひどいですよね?」


なつみはため息をついた。手に握った封筒を見る。確かにこれをもらう資格はないかもしれない。でも…。


「もらってしまえばこっちの物ですよね」
「アンタって実は結構いい性格してますよねェ」
「きゃ、沖田さんに誉められちゃった」
「誉めていやせん」
「あ、でね沖田さん」
「無視ですかい?いっちょ前にこの俺を無視する気ですかい?」


沖田は体を起こしなつみのほっぺをひっぱる。意外によく伸びる。


「いひぁ、いひぁいです沖田さん!」


思う存分ひっぱった後沖田は手を離した。なつみは赤くなったほっぺをさする。…痛い。


「で、何ですかィ?」
「えっと、沖田さんあたしと何か食べに行きませんか?」


もちろんあたしの奢りで、となつみは封筒を自分の目の前にかざした。予想外の言葉に沖田は少し驚いた。しかしそれを表情には出さない。


「決めていたんです。初めてもらうお給料で沖田さんと何か食べに行くって」


にこにことなつみは笑いながら言った。屯所での日々は楽しい。ここで働くきっかけをくれたのは沖田だから、沖田のために何かをしたい。そう決めていた。


「と言うかあたしとデートして下さい!」


こっちが本音だったりする。
沖田は黙ってなつみを見た。


「…アンタの奢りなんですよねィ?」


沖田は立ち上がり伸びをする。にやっと笑いなつみを見下ろす。


「しかたがねェから奢られてあげまさァ」


なつみは顔を輝かせた。


「わぁい!沖田さんとデートだデート!」
「その表現は止めろ」


沖田はデートという単語に嫌そうな顔をする。


「沖田さん大好きです!」
「はいはい。とっとと行くぞ」
「はい!」


二人は堂々と仕事をサボって屯所を出たことに気付いた土方の怒鳴り声が屯所内に響いた。なつみが来てから土方がよく咽を痛めるようになったとかどーとか。







目の前にドーンと置かれた特大パフェを見て沖田は舌打ちをした。


「ちっ、奢るってファミレスのパフェかよ」
「むちゃ言わないで下さいよ!」


普通に高級料理店へ入ろうとする沖田をなつみは無理矢理ひっぱりファミレスへ入った。沖田はそれが不服なようだ。


「一番高い物頼んでおいてぶーたれないで下さい」


なつみは自分が注文したいちごパフェを一口。


「ん〜おいしい!沖田さん、一口どうですか?ほら、あーんして下さい」
「ふざけんな」


一瞬で切り捨てられなつみはもうっと頬を膨らませる。


「照れちゃって」
「何をどう思えばそういう考えになるのか教えてほしいでさァ」
「沖田さんが大好きだからです」


にっこり笑ってなつみは笑う。沖田は無表情で向かいに座りパフェを頬張るなつみを見た。


「…何でですかィ?」
「え?」
「何でアンタは俺が好きなんですかィ?」
「好きだから好きなんです」


即答されて沖田は頭が痛くなった。本当、こういう真っ直ぐな性根の奴は苦手だ。


「俺に一目惚れしたんだろィ?俺がこの見てくれ通りの性格じゃないことはとっくに分かったはずでィ。なのにどうしてまだ俺のことを好きだと言うんですかィ?」


なつみは首を傾げた。沖田が言っている意味が分からない。そんな顔だ。


「沖田さんはあたしが思っていた通りの人ですよ?」


沖田は怪訝そうに眉をひそめる。なつみはあたり前のように言う。


「沖田さんを見た時、温かくて優しい人だと思いました。一目惚れした時とその気持ちは変わりません。…ううん、一緒にいるうちに沖田さんがあたしが思っている以上に優しい人だと知りました」


沖田は無表情になつみを見つめる。なつみはにこにこ笑っており、それが沖田の神経を苛立たせる。


「俺のこと何も知らないくせに何を分かったように言うんですかィ?」


何も知らないけせに自分を好きだと言うなつみを見ているとイライラする。


「あたしはまだまだ沖田さんのこと知りませんよ。でも、沖田さんが優しい人だってこては分かります。普通、押しかけて来た女なんて嫌がって意地でも追い返しますよ」


沖田は驚く。


「自覚あったんですかィ?」
「あたり前じゃないですか!何でそんな驚いたような顔をしているんですかッ!?」


なつみは心外そうに眉を寄せた。


「とにかくですね、沖田さんはあたしを追い返さないでいてくれました。それからあたしを無視したりしないでこうやって話してくれます。…沖田さんは優しいです」


何の裏表もない真っ直ぐな言葉。沖田はくしゃと前髪をかきあげた。この娘は苦手だ。扉を閉めた心の中に入ってこようとする。


「沖田さん、パフェ食べないんですか?」


無邪気に首を傾げるその姿がムカついた。こっちの気も知らないで。この特大パフェを二杯食べて財布を寂しくさせてやる。そう決意し、沖田はスプーンを握った。








太陽を直視できないわけ



「で、何をやっていたんだ?」「デートしてました」
「香坂がどうしても俺に奢りたいと言ってきたので奢らせてやりやした」


きゃ、と顔を赤くするなつみと飄々とした態度の沖田。どちらにも反省の色はない。土方はブチ切れた。


「ふざけんなテメェらァァァア!!!!!」



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