土方はゆっくりとタバコの煙を吐く。その煙がかかり土方の正面で正座をしていたなつみは顔をしかめるが文句は言わない。否、言えない。
「で、何か言うことはないか?」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝る以外なつみにすべはなかった。
洗濯をしてはボロだらけにし、洗い物をしては食器を割り、風呂の湯は熱湯をはり…などなど。なつみの働きっぷりは目を覆うものがあった。
今回、なつみは廊下の雑巾がけをし、もっとピカピカにしようと気を利かせワックスをつけた。が、ワックスに足を滑らせ怪我人続出。土方もその被害者の一人。赤いたんこぶが痛々しい。
そして今にいたる。
「ピカピカの方が嬉しいかなって思って…」
「後先考えろってんだ」
「はい…」
なつみは肩を落として俯く。本人が一生懸命なのは分かっているし反省もしているようなので許そうと土方が口を開いた時だった。
沖田がワックスがかかった廊下をスケートの様式で滑って土方の部屋にやって来た。キュキュウッと部屋の前で綺麗にカーブを描き停止する。
「よっ、と。…土方さんのくせに俺を呼び出すなんていい度胸でさァ」
「うるせェ!副長命令だ!」
「そんなでっかいたんこぶ作った奴が副長なんて真選組も落ちぶれたものでさァ。香坂、よくやりやした」
沖田はなつみに向かって親指を立てる。沖田に褒められなつみは両手を頬にそえて喜ぶ。
「わぁい!沖田さんに誉められちゃった」
「お前らぐるだったのか!?」
もちろんなつみがワックスを塗ったのも土方が転んだのも偶然だ。しかし、テンションの上がったなつみは止まらなかった。
「あたしと沖田さんは一心同体です!」
「香坂、お前少し黙りなせィ」
「なんでですか!?あ、もしかして照れてるんですか?もう沖田さんったら、…ごめんなさい謝るから刀しまってくださいお願いします」
「つくならもっとマシな冗談をつきなせィ」
そのやりとりを見ながら土方はこめかみを引き攣らせ、タバコを灰皿に押し付け火を消す。低めの声で鋭く指示をとばした。
「香坂、お前はもういい。早く仕事に戻れ。んでもって総悟、お前は座れ」
「へーい」
「はい。失礼します」
面倒臭そうにその場で胡座をかく沖田と座り直しきちんとお辞儀をするなつみ。仕事と話しだと分かるとなつみはどんな時でも首をつっこまずすぐに引き下がる。そういうところは沖田も土方も認めていた。
なつみは廊下へ足を踏み出しその瞬間、
「きゃっ!」
見事に足を滑らした。
『…………』
廊下に俯せに倒れ伏すなつみを沖田と土方は黙って見つめる。自分で廊下にワックスを塗っておいて何をやっているんだこの娘は。
どこかを強く打ったのだろう。声を上げることも出来ず、廊下をバンバン叩いてなつみは痛みに耐えていた。
「は、はな…鼻打った…」
うう…痛い。鼻をさすりながらなつみは体を起こす。
「低い鼻がさらに低くなって可哀相ですねェ」
「…沖田さん。それは言っちゃいけないんですよ」
涙目でなつみは沖田を見た。真っ赤な鼻に沖田は吹き出す。その笑顔になつみはキュンとなる。
「沖田さん大好きです!」
「勝手に言っとけ」
「はい!勝手に言います!大好きです大好きです大好きです!」
「うるせェ!香坂!お前はとっとと仕事に戻れ!」
土方に怒鳴られなつみは首が竦めているとスタスタと軽い足音が近付いてきた。
「あっ、なつみちゃんいたいた。っ、鼻どうしたの?大丈夫?」
「陽菜さぁん〜、聞いてください〜」
なつみを捜しに土方の部屋にやって来た陽菜はなつみの赤い鼻を見て驚く。半ベソななつみから話しを聞いた陽菜はくすくす楽しそうに笑った。
「陽菜さん、笑わないでくださいよ〜」
「ふふ、ごめんなさい…。あのねなつみちゃん、洗濯物取り込むの手伝ってもらえる?」
「はい!」
「でね…」
土方と沖田をチラリと見て陽菜はなつみの耳元に口を寄せる。その顔はすごく無邪気だった。
「それが終わったら一緒にお茶しない?山崎さんにタイヤキもらったの。二人分しかないからこっそりと」
なつみはパアッと輝く。それを見て陽菜は満足そうに笑う。
「あたし頑張ります!」
「うん。それじゃあお二人、失礼します」
「失礼しま〜す!」
楽しそうに立ち去って行く二人の背中を見つめ、沖田は土方の方を見た。土方の口元には小さな微が浮かんでいる。
「陽菜、楽しそうですねェ」
「…ああ」
「香坂を雇って正解でしたねィ。いい妹分ができて陽菜は楽しそうでィ」
沖田の言葉にトゲを感じた土方は眉を吊り上げる。
「何が言いたいんだ?」
「何でもありゃせん。で、話しって何ですかィ?」
土方は腑に落ちないようだったが、そのまま仕事の話しを始めた。
何事も一生懸命に
「なつみちゃん、そんなにたくさんシーツ持ったら、」
「きやぁぁあ!!!」