恋をした。
一目見たその瞬間にあたしはあの人に恋をした。甘くてほろ苦い、そんな恋をした。







それはいつもとなんら変わりない日々の昼下がりのこと。沖田が仕事をサボって縁側で昼寝をしている時だった。


「こんにちはー」


若い娘の声が聞こえた。なんだなんだと隊士達好奇心を持って門へ行く。沖田もなんとなく行ってみることにした。


肩までの長さで切り揃えられた髪に、大きくて丸い瞳。全体的に小柄な娘が門の前にいた。


「何か用か?」


土方がタバコを吸いながら瞳孔の開いた目で睨むように娘を見るが、娘は臆することなくにっこり笑った。


「あたし、沖田さんの恋人になるためにここに来ました!!」




…………は?










「はじめまして。これからお世話になります香坂なつみと言います」


通された客間でなつみは深々と頭を下げた。向かい合うのは近藤と土方の2人。


「これからお世話になる…?」


土方が眉をひそめるとなつみははい、と笑顔で言った。


「沖田さんの恋人として少しでも長く一緒にいたいですから、今日からここで暮らさせてもらうつもりです」
「何勝手に決めんだテメェは」


奇妙なモノを見るような目つきでなつみを見る土方の横で今度は腕を組み少し寂しそうにに呟く。


「総悟の奴、恋人を作って報告がなしとは水臭いやつだなぁ…」
「恋人なんかじゃありやせん」


沖田が憮然とした表情で客間に入って来た。どう言う意味だと近藤が言うより先に明るい声が割って入る。


「沖田さん、はじめまして!」


はじめまして?近藤と土方は首を傾げた。


「俺ァ、あんたなんか知りやせんけど?」


いやですねぇ、と笑いながらなつみは手をパタパタ振る。


「街中であたしが沖田さんに一目惚れしただけなんですから当たり前じゃないですか!…と言うことで」


近藤と土方が唖然とする中、なつみは沖田の真っ正面に立ちぐっと詰め寄った。


「好きです!付き合って下さい!」
「嫌でィ」


即答する沖田に近藤はもっと言葉を選べと視線で訴える。それを沖田は無視した。
沖田にはこんなことはよくあることだった。いちいち相手の機嫌を窺うなんてめんどくさくてやってられない。どうせすぐ勝手に期待して勝手に幻滅して去って行くのだ。


そう、思ったのに。


「沖田さんたら照れちゃって」


キャッとなつみ赤くなった頬に手をあてる。沖田は拍子抜けした。


「…なんでそうなるんでィ」
「沖田さん、大好きです!」
「とっとと家に帰れ」


すると突然なつみは表情を暗くした。


「家は…ありません」


その言葉に暗い影を感じた近藤はなつみに同情の眼差しを向ける。


「一目惚れした人の所に行って恋人にしてもらって来るって言ったら「してもらえる訳ないだろう。お前はバカか」とお父さんに言われ、ムカついたので親子の縁を切ってきました。あたしには行く所も帰る所もないんです。好きです、沖田さん!恋人にして下さい!ついでにここに置いて下さい!」
「とっとと帰れ」


沖田は無表情に言い捨てた。
とりあえず、近藤はなつみと沖田を座らし悟すようになつみに言う。


「なつみちゃん。俺も片思いの身だ。君の真っすぐな想いは激しく共感する部分がある。だがいくら好きだからと言って知り合ってばっかの奴にいきなり恋人にしてくれはダメだろう」
「好きなんだからいいじゃないですか」

臆することなくなつみは言い切った。沖田は顔をしかめる。バカ正直に自分の本音を言う奴はハッキリ言って苦手だ。


「だが、総悟はたった今君を知ったばっかでまだ君のことを好きじゃないんだ」
「そうなんですか沖田さん!?」
「あたり前でィ。何衝撃を受けてやがる」


そっかぁとなつみは肩を落とす。…何なんだコイツ。


「恋人と言う者は互いに好いている者同士のことだ。だから総悟は君の恋人にはなれない。分かるかい?」
「はい…。つまり、沖田さんがあたしのことを好きになってくれたらいいんですね?」
「は?」


沖田は眉を寄せ、近藤は頷く。


「その通りだ。よって、君を女中としてここに向かえいれよう!そして総悟を落とすがいい!俺は君を応援しよう!」
「なっ…」


沖田の顔がひきつり、なつみの顔は輝く。


「ありがとうございますゴリラさん!!」
「ゴ、ゴリラ!?」
「ふざけじゃねェやい、万年片思いゴリラ」
「そ、総悟まで…!て言うか万年片思いって酷くないッ!?」


わめく近藤は無視して沖田はさっきから黙っている土方に同意を求める。


「土方さん。こんな意味が分からない奴を屯所に置くなんて反対ですよねェ?」


だが、返って来た言葉は沖田が期待していた言葉とは逆だった。


「いや…いいんじゃねェか?」


沖田は面食った。土方は嬉しそうに笑ってるなつみを見る。


「どっかの回し者とは思えねェし、陽菜が一人で大変そうだから近藤さんと女中を増やそうって言っていた時だ。手間がはぶけた」
「手間がはぶけたじゃねェやい、土方のバカヤロー。たまには役にたちやがれ」
「んだとテメェ!」
「沖田さん!あたし、沖田さんのために一生懸命頑張りますね!」
「俺のためを思うならとっとと帰れ」
「頑張るぞー、おー!」
「…聞いてやすか?」
「万年片思い…万年片思い…」


騒がしくなった客間の襖が遠慮がちに開く。


「遅くなって申し訳ありません。お茶をお持ちしました」
「お、陽菜。いい所に来てくれた」


入って来たのは真選組で女中として働く陽菜という名の娘だった。近藤が陽菜を手招きし、陽菜は首を傾げながら近藤の横に座る。


「なつみちゃん。紹介するよ。うちで女中をやってくれている陽菜だ。陽菜、この子はなつみちゃん。今日からここで働いてくれる」
「はじめまして!香坂なつみです!」


陽菜は微笑みお辞儀をする。それは花がほころぶような笑顔でなつみは見とれた。


「陽菜です。よろしくお願いします」
「こちらこそ!…あの」


なつみは微笑む陽菜の手を握る。


「仲良くして下さい!」


陽菜は瞬きを数回する。


「一緒に仕事をする人がこんなに優しそうで綺麗だなんてあたしなんて贅沢なんだろう!あたし絶対幸せ者!仲良くして下さい!」
「は、はい。こちらこそ…」


初対面の人にこんな友好的な態度をとられるとは思わなかった陽菜は戸惑いながら頷く。


「陽菜さんって呼んでいいですか?」
「え、あ、はい。それじゃあ私はなつみさんって…」
「『さん』だなんていいですよ〜。あたしの方が年下なんだし」
「それじゃあ、なんて…」
「ちゃん付けでお願いします!」
「…なつみ…ちゃん…?」


呼ぶとなつみは嬉しそうに顔を輝かし陽菜に抱き着いた。


「陽菜さん可愛い〜!」
「え?ええ?」
「何話しを勝手にまとめてるんでィ」


不機嫌そうに沖田が声を上げる。陽菜に抱き着いたままのなつみを睨みつける。


「いいですかィ?俺ァあんたなんか好きになりやせん。絶対にだ。だからとっとと家に帰りなせェ」
「嫌です。あたし沖田さんが大好きだから、沖田さんにあたしを好きになってもらいます。絶対恋人になります!」


なんの裏表のない真っすぐな言葉に沖田は顔を歪める。…なんなんでィ。沖田はため息をつく。ここで自分が反対しても局長と副長が認めているのだから無意味だろう。


「勝手にしなせェ」


ため息交じりに言うとなつみは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます沖田さん!」


改めまして、となつみは陽菜から離れ綺麗に座り直す。


「香坂なつみ16歳。好きなことは食べることと恋愛マニアルを読むこと!苦手なことは掃除に洗濯という家事全般。沖田さんを心から愛しています!どうぞよろしくお願いします!」







はじまりは嵐のように



「…土方さん。あんなの本当に採用して良かったんですかィ?女中としての条件最悪じゃありやせん?」
「…俺も今少し後悔している」




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