なつみは深呼吸を数回繰り返し、心を落ち着かせる。…大丈夫。大丈夫大丈夫。
笑顔を作り廊下を歩く沖田の前に飛び出す。
「沖田さ〜ん!おはようございます!」
「……」
じろりと沖田の無関心な視線に見られるとめげそうになる。
「きょ、今日もいい天気ですね!」
「……」
「こんな天気の日は昼寝がよく出来そうですね!」
「……」
笑顔を張り付かせていたなつみだが、耐え切れなくなって恐る恐る問う。
「…頬、痛くないですか?」
「……」
「あの、昨日はごめんなさい。いきなりあんな…」
「……」
結局沖田は何も言わないままなつみの脇を通り過ぎて行った。残されたなつみはしょんぼりとうなだれた。
洗濯物を干してながらなつみは時折手を止めては大きなため息をつく。一緒に洗濯物干していた陽菜が心配そうになつみを見る。
「なつみちゃんどうしたの?」
「はい…ちょっと…」
「何か悩み事?」
「…はい」
「私でよかったら話してくれない?」
「陽菜さん…」
なつみは瞳を潤ませ陽菜に抱き着く。
「沖田さんに嫌われちゃいましたぁ〜」
小さな子供のように陽菜の胸の中で声をあげて泣くなつみを陽菜は戸惑いながら抱きしめ返した。
縁側に座り昨日あったことをなつみは話す。昨夜の沖田の態度に納得した陽菜はずっとなつみに聞きたかったことを問う。
「ねぇ、どうしてなつみちゃんは沖田さんのことが好きなの?」
「好きだから好きなんです!」
「いや、そうじゃなくて…」
拳をグッと作り力説するなつみに陽菜は苦笑する。なつみはえへへっと無邪気に笑ってから青空を見つめて穏やかな笑顔を浮かべた。
「一目惚れ、なんです」
なつみはそっと目をつむる。
「あたしが沖田さんを初めて見たのは急な夕立が降った日でした。慌てる人達の中、一人突っ立っている沖田さんを見たんです」
何をしているのかな?と思って見ていると、沖田さんの足元に小さな子犬がいたんです。多分、捨て犬だったんだと思います。
沖田さんは自分の上着を脱いで子犬が濡れないように屋根を作ってあげていました。あたし、不思議に思ったんです。
子犬を飼うことが出来ないから連れて帰らないのは分かりますけど、雨に濡れないように守るだけなら抱いて屋根のある所に連れて行けばいいのにって。
それなのに沖田さんはそのままジッと子犬を雨から守っていて、自分は雨に打たれていたんです。
それから数日たってもあたしは沖田さんのことを忘れられませんでした。どうしてあの人はあの子犬を抱かなかったんだろう?そんなことばかり考えていました。
そんな時、捨て犬と遊んでいる子供達を見かけたんです。頭を撫でて、抱っこして。子犬はずっと尻尾を振っていました。
でもしばらくすると子供達は子犬を置いて去ってしまっいました。残された子犬は寂しそうにずっと吠えていました。
そこでやっとあたしは沖田さんがとった行動の意味が分かりました。
人の温もりを知ってしまった子犬は温もりが去った時に悲しい想いをするから。だから沖田さんは子犬を抱かなかったんです。沖田さんは子犬を悲しませないように、守ったんです。
沖田さんはとても優しい人なんです。そして、とても悲しい人。人の温もりに触れることを恐れている、温かくて冷たい人。
その時、あたしは一目見た沖田さんのことが好きだと気付きました。
新聞に載った沖田さんを見付けて、いてもたってもいられなくなりました。会いたい、話したい、この人のことを知りたいって。
それで決意して、あたしはここにやって来たんです。
「一目惚れ、なんです」
一目で恋をした。温かくて寂しい優しさに。
話し終えたなつみは照れたように頭をかく。
「すいません、長々と話してしまって」
陽菜はゆっくりと首を横に振った。なつみは静かに微笑む。
「あたしここに来てもっと沖田さんのことが好きになりました。優しくてかっこよくて…本当に沖田さんが大好きです!…でも、沖田さんはあたしのこと嫌いなんでしょうか?」
表情を暗くするなつみの頭を陽菜は撫でる。
「そんなことないよ。なつみちゃんの気持ち、ちゃんと沖田さんに伝わってるよ」
優しい言葉になつみは微笑む。
「陽菜さん、話し聞いてくださってありがとうございます。スッキリしました」
「私こそ。ありがとう」
二人は微笑み合う。
「休憩終わりですね!頑張って働きますっ!」
「うん」
元気に笑うなつみにつられて陽菜もにっこりと微笑むのだった。
土方はゆっくりと煙りを吐き出す。
「香坂の奴は本当にお前が好きらしいな、総悟」
「……」
沖田は憮然とした表情を浮かべている。仕事を手伝えと言われ土方の部屋に来てしばらくすると、土方の部屋の前の縁側になつみと陽菜がやって来て話しだした。当然会話の内容は部屋の中に聞こえてくる。
「土方さん、計りやしたね?」
「俺じゃねェ。言い出したのは陽菜だ。お前に香坂の本音を聞かせたいんだとよ」
「余計なお世話にでさァ」
「そうかよ」
土方は面倒臭そうに言い、筆を取った。沖田は立ち上がり襖を開ける。
「おい。まだ仕事残ってんぞ」
「なんで俺がやらなきゃいけないんでさァ」
「お前がサボって溜めた仕事だろぉがァ!」
「俺の分も頑張って仕事してくだせェ。んでもって過労死で死にやがれ土方コノヤロー」
「んだとテメェ!」
怒鳴る土方を無視して沖田は部屋を出て行くのだった。
いつものように縁側で昼寝をしていると、いつものようになつみがやって来た。
「本当に今日はいい天気ですねぇ」
のんびりとしたなつみの声。沖田は勢いよく上半身を上げる。
「うわぁ、びっくりした。どうしたんですか、沖田さん?」
「明日、暇ですかィ?」
いきなり沖田は聞いた。話しかけてもらえたことになつみは胸中でとても喜ぶ。
「いえ、普通に仕事ありますけど…。明日は土方さんのお手伝いもしなきゃですし。と言うか沖田さんも明日普通に仕事じゃないですか」
「俺ァ、サボりまさァ」
「うわ、宣言しちゃったよ」
なつみは呆れたように笑う。
「あたし、沖田さんのそう言う清々しいところ好きです」
「…ところも、だろ?」
沖田はニッと笑う。なつみはかぁっと胸が熱くなった。
「はいっ!」
満面の微を浮かべるなつみを見て沖田は満足そうに頷きサラリと言った。
「明日出かけるから付き合いなせェ。だからアンタも仕事サボりな」
なつみはその言葉の意味をゆっくりと理解する。それって…。
「デートのお誘いぃぃい!!?」
キャー!どうしよう!!と、なつみは顔を赤くして意味もなくあたふたする。
「サボりますっ!絶対行きます!」
「あ、でも土方さんの手伝いあるんですよねェ。凄く怒られるんじゃないんですかィ?」
「そんなの知りません!沖田さんのデートと比べたら全然!キャーキャーキャー!」
興奮したなつみは変な奇声をあげ、不可思議な行動をとる。
「は、あははっ」
沖田はそんななつみを見て声をあげて笑った。
優しい人は悲しみを知る人
「あ、土方さんいい所に」
「ああ?」
「俺ァ明日サボりますので俺の分の仕事全部お願いしまさァ」
「はぁ!!?」
「土方さん。あたし、明日手伝えないので一人で頑張って下さいね」
「おいっ!お前ら俺を殺す気かァァア!!!!」