事情により真選組屯所で将軍の血縁である小さな子供を預かることになった。
隊士達の中には結婚して子供を持っている者もいるが、ほとんどが子供に慣れていない。
「近寄るなこのゴリラっ!」
「そう言わずにほら、」
近付こうとする近藤に向かって子供は近くにある物を手当たり次第投げる。自分を囲む大人達を子供はキッと睨みつけ警戒心を剥き出しにしている。朝からその子供に一同は手を焼いていた。
ぱんぱん、と渇いた音が響いた。…なつみだ。なつみは腰に手をあて隊士達を睨みつける。これと言って迫力はない。
「もう、皆さん!そんな風に囲まれたら怯えちゃうじゃないですか!」
言われて気付いた隊士達は慌てて子供から距離をとる。子供はホッとしたように胸を撫で下ろした。
なつみは子供の前でしゃがみ込み目線の高さを合わせる。
「こんにちは。あ、おはようかな?」
「……」
何も言わない子供の頬をなつみは両手で包む。
「こら、おはようは?挨拶はしっかりしなくちゃダメだよ?」
「…おはよう」
俯きながらだが、ちゃんと言った子供に向かってなつみは満面の微を浮かべる。
「はい、よくできました」
「…ふん」
なつみの手を払って子供はそっぽを向く。
「ねぇ、名前はなんて言うの?」
「…水戸陸牙」
「りくがくん?」
子供は頷き襖に自分の漢字を書いた。
「すごぉい!自分の漢字書けるんだねぇ」
誉められた陸牙はまんざらでもないように胸をはった。
「陸牙くん、あのね、今日はここでお父さんとお母さんの仕事が終わるまで待っていて欲しいの」
「いやだ!」
「どうして?」
陸牙は自分の腰に手をあてる。
「俺はもう九歳だ!一人でも大丈夫だ!」
「でもね、お父さんとお母さんは陸牙くんが大好きだから一人にさせたくないの」
「……」
「陸牙くんに何かあったらどうしよう、って心配になっちゃうんだ。だからね、ここにいてくれる?」
「…分かった」
大人しくなった陸牙に隊士達はホッと息を吐く。
「お前、なんて言うんだ?」
「香坂なつみだよ」
「よし、なつみ。今日一日お前は俺の相手をしろ」
なつみは近藤の顔を見る。今日の仕事を休んでいいか、と了承を得たいのだ。近藤は大きく頷いた。むしろお願いしたい。
「了解しました」
陸牙は子供らしい笑顔を浮かべてなつみの手を取り駆け出した。
沖田は縁側で昼寝をするが、どうも落ち着かない。何度も寝返りをうち目をつむるがいつものように寝ることが出来ない。いつもと何かが違う。
「…静かすぎるんでェ」
いつも傍にいるなつみがいない。それだけなのに。そもそもなつみがやって来てからの数ヶ月もたっていないのに。
「なんなんでィ」
沖田は腕で目を覆う。
なつみは陸牙の相手をしていているため、沖田のもとへはやって来ない。それ以前に今日は一度もなつみと話していない。あの無邪気な笑顔を見ていない。
いつもは追い払っても追い払ってもやって来て、勝手にしゃべって笑って好きですっと何度も繰り返すのに。
「……」
目が冴えてとても寝れそうになかったので、沖田は体を起こしあてもなく廊下を歩いた。
「うわぁ、上手だね陸牙くん!」
「これぐらい普通だ」
通りかかった居間からなつみと子供の声が聞こえた。思わず沖田は襖のかげに隠れ二人の様子を窺う。
「これをなつみにやる」
「本当?ありがとう」
陸牙が書いた絵をなつみは嬉しそうに受け取る。陸牙は誇らしげに胸をはる。
「なつみ。なつみは俺のことが好きか?」
問われたなつみはにっこり笑って答える。
「うん、好きだよ」
陸牙はパァッと顔を輝かせた。
「ならなつみ、俺の嫁になれ!」
「え?」
なつみはキョトンとし、沖田は襖のかげで息を飲む。
「おいしい物をたくさん食わせてやるし、贅沢もたくさんさせてやる!幸せにしてやるぞっ!」
顔を紅潮させて言う陸牙になつみは微笑んだ。
「ありがとう。でも、ごめんね。陸牙くんのことは好きだけど結婚はできないの」
陸牙は眉を垂れ寂しそうに顔を歪めた。
「なんでだ?」
陸牙の頭を撫でながらなつみは微笑む。
「あたしには沖田さんって言う心に決めた人がいるから」
沖田は思わず声を発しそうになった。
「…なつみはそいつのことが好きなのか?」
「うん!大好き!」
にこにこ笑いながらなつみは言う。
「そいつは、なつみを幸せにするのか?」
「うん!あたしは沖田さんと一緒にいるだけで幸せになるんだぁ」
沖田は一瞬呼吸を忘れた。
「あたしは沖田さんが大好きだから。ずっと傍にいたいの」
「…そうか」
陸牙はしょんぼりと肩を落とす。
沖田は足音を立てずにその場を後にするのだった。
夕暮れ時になると、陸牙の両親が陸牙を迎えに来た。
沖田は服の裾をひっぱられ下を向く。陸牙だ。
「…なんでィ」
「お前が『沖田』か?」
ガン、と沖田は陸牙の頭に容赦なく拳を落とした。
「呼び捨てたァいい度胸じゃないですかィ」
沖田のニヤリ顔を見て陸牙は思わず後ずさる。だが、果敢にも拳を握り沖田を睨みつけた。
「いいか!なつみを泣かせたら許さないからな!」
そう叫んで一目散に陸牙は母親のもとへと行った。沖田は呆れたように肩を竦める。
陸牙家族が屯所を立ち去り、夕食を済ませ沖田が自室で寝転がっている時だった。
「沖田さん?入っていいですか?」
なつみがやって来た。
「…なんでィ」
沖田が答えると襖を開けて入って来る。なつみは寝転がっている沖田の横に座る。
「今日ね、陸牙くんすっごく可愛いかったんです」
「へェ」
「描いた絵もらっちゃいました。上手なんですよ〜」
「へェ」
なつみの話に沖田は適当に相槌を打つ。なつみの声を聞いていると、だんだん眠くなってきた。
「沖田さん?眠たいんですか?」
「…あぁ」
「お昼寝したんでしょ?」
「…しなかった」
なつみは首を傾げる。いつもしているのに…どうして?
「寝れなかったんでィ」
「そうなんですか。いつも熟睡のくせに」
まとろみが一気に襲って来た。
寝るなら退散した方がいいだろうと判断しなつみは立ち上がろうとするが、グイッとひっぱられ立ち上がることが出来なかった。見るとなつみの着物の裾を沖田が掴んでいる。
なつみは顔を赤くして腰をもう一度落とした。蜂蜜色の髪を撫でると沖田は気持ち良さそに目を細める。
「沖田さん、大好きですよ」
毎日聞いているその言葉を聞き、沖田は微笑みながら夢の中へ落ちて行った。
子守唄の変わりに囁きを
「陽菜、総司の部屋の前で何をしてんだ?」
「あ、見てください十四郎さん」
「なんだ?…こりゃまた……」
「ふふ、二人して寝ちゃって可愛いですよね」
「…陽菜、かける物持って来てやれ」
「はい」