つまらない話しをしよう。この物語には必要ない、つまらない話しだ。
美しい少女の誰も知らない裏の顔を俺だけが知っている。少女がどんな気持ちで恋をしたか、俺だけが知っている。ただそれだけだ。









足を踏み入れた瞬間ため息が零れた。まさに花園。この世のものとは思えないほど、美しい。
一人の娘が願い、この花園は作られ、一人の男が嘆き、この花園は維持され、そして、一人の少女がこの花園に閉じ込められた。


バラの迷路を抜けると、一本の大樹が立っている。大きな木陰の下にある白いテラス。そこには美しい少女が座っていた。


「あら?」


少女は宝石みたいな翠色の瞳を細め、小麦色の髪を揺らして微笑んだ。


「まるで森の精霊だな。相変わらずの美しさで、ミセス・結菜」
「ふふ、そちらこそ相変わらず口が上手ですね、ミスター・跡部」


跡部景悟はふっと笑い手に持っていた花束を結菜に渡す。


「ありがとうございます。…それにしても、あなたがここに入って来るとは」
「意外ですか?」
「…いいえ。跡部財閥のご子息ですもの」


跡部はにっと笑う。


「そうです。あなたのフィアンセの中ではオレが一番有力候補ですよ。ヨーロッパ貴族の花」


ヨーロッパ貴族の花。彼女はそう呼ばれている。ヨーロッパを統べる貴族のトップである男の曾孫が彼女だ。


男は子供達の中で美しい末の娘をたいそう可愛がっていた。しかし娘は日本人の男と恋に落ち、父親が反対するのを押し切って日本へと移った。
男は激怒したが、愛する娘を無下に扱うことは出来ずフランスから娘とその家族を見守って来た。娘が母親になり、祖母になり、そして早くして病気で亡くなった。男の嘆きは凄まじかった。
娘の遺骨を取り戻し、娘の夫と同じ墓にいれることを阻止した。娘の子供達はそれだけはやめてくれと頼み、男は一つの条件をだした。
それは、娘とそっくりな曾孫を花園に閉じ込めることだった。


「この花園は美しいですね」
「ええ。おおおじい様が大切になされている庭ですから」


結菜は笑顔を作る。それから跡部に席を進めた。跡部が腰を下ろすと、どこからともなく召使が現れ紅茶を持ってくる。


愛すべき祖母のために結菜はこの花園に閉じ込められた。家族と生まれ故郷から離れ遠いフランスで一人、曾祖父の傍にいた。


愛おしい娘が戻って来た男は歓喜したが、男が亡き後少女が日本に戻ることを危惧した。男は死した後も娘を手放す気などなかったのだ。故に、少女に鎖をつけた。
自分が亡き後は少女に全財産を譲り、少女の夫に当主の地位を与えると。貴族たちは歓喜し、自分の息子を次々と少女に引き合わせた。
その美しい容姿とヨーロッパ貴族を統一する鍵となる少女を、人々はヨーロッパ貴族の花と呼んだ。


「今日はおおおじい様に呼ばれて?」
「ええ」
「あなたを気に入ってられるのね。この花園に入ることを許すぐらいですもの」
「嫌ですか?」
「え?」
「俺と結婚は嫌ですか?」


跡部は青い瞳を細める。結菜は穏やかに笑った。


「まさか」
「なぜ?」
「あなたには感謝をしているから。3年前、結婚する前に家族と過ごす時間がほしいという私の願いをおおおじい様が聞き届けてくださったのはあなたが日本に行かれると知っていたからです。おかげであなたが18歳になるまでの6年間を私は家族と共に過ごせます」


跡部は困ったような顔を作る。


「あなたは俺に恋をしているわけじゃないんですね」


恋。結菜は口の中で呟く。苦い気持ちになった。


「…それは、あなたもでしょ?」
「まさか。あなたみたいな美しい人に恋をしないやつがいるはずがない」
「もう」


結菜はクスクスと笑う。それを跡部は優しい瞳で見つめた。


「当主に願い事をしたそうですね」
「…ええ」
「あなたが日本にいられる期限は短くなりましたか?」
「…ええ」
「幸村に恋をしましたか?」


結菜は息を呑む。それから、つけいた貴族の仮面が剥がれて泣き笑いのような笑顔を浮かべた。


「うん」


ずっと憧れていた。恋をすることに。本当にできるなんて、思わなかった。


「家族といられる時間をひきかえにするほど?」
「うん。幸村くんが苦しまなくてすむのなら」


曾祖父のお人形。祖母の身代わり。ずっと感情を殺して来た少女が我儘を二度だけついた。
一つは家族との時間を6年間だけほしいということ。
もう一つは愛した人の病気を治すために医者を日本に派遣すること。


「ねえ、跡部様。私ね、幸村くんにひどい我儘を言ったの。テニスをやめてくれって。テニスをあんなに大事にしている人に向かって。ひどい女でしょ?押し付けられる辛さを知っているくせに」


相手の望むセリフや行動をするなんてお手の物だ。いつもそうやってきた。
なのに幸村にはそれができなかった。身勝手な言葉をぶつけた。多分、これが恋なんだ。理屈ではどうしようもないこれが恋なんだ。
こんな感情、知らなかった。


「ずっと恋に憧れていたの。でも、本当にできる日がくるなんて思わなかった」


窓から夕暮れの光が射す、あの白い部屋で、辛いこともたくさんあった。でも、幸せなことの方が多かった。


「だから、跡部様。ありがとうございます。私は日本で恋ができた。親友もできた。いつも見るだけだった花を自分で世話をして育て咲かせることができた。私、幸せ」


微笑む結菜はみとれるぐらい綺麗で、跡部は切なくなる。この笑顔を見るべき人間は俺じゃない。


「なら、その恋に最後まで向き合ってください」


損な役回りだ。跡部は苦笑する。


「俺はあなたを妻にする。それは譲りません。だが、あなたの心に他のヤローがいるのは気に食わない。
ミセス・結菜。後悔しないで、あなたの心にその恋が綺麗に残るように。時間がくるその日まで、その恋を貫いてみたらどうですか」


結菜はまばたく。それからとろけるような笑顔を浮かべた。立ち上がり、跡部の頬にキスをする。


「跡部様。私も、結婚するならあなたがいいわ」
「光栄です」


最後にもう一度笑顔を向けて、結菜は駆け出した。
跡部はその背中を見送りため息をつく。胸の痛みには気付かないフリをする。


「…損な役回りだ」


青い瞳をふせて呟いた。








コネチカットキングは誰も知らない



この話しはこの物語にとって必要のない話しだ。
ただ、恋に憧れた少女がどんな気持ちで一つの恋をしたのかを俺だけが知っている。それだけの話しだ。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -