意外な人物がやって来た。


「珍しいね、お前が一人で来るなんて。――仁王」
「プリッ」


奇妙な口癖で返答を避け、仁王はつかつかとベッドの傍へ行きパイプイスに腰掛けた。それから棚の上にある花瓶を見て口を開く。


「花、いけてないんじゃな」
「…うん」


花瓶はからっぽだった。


「花はいつも宮瀬さんが持ってきてくれたやつをいけていたから」


力無く幸村は笑う。


「宮瀬はフランスか?」
「…たぶん」


歯切れ悪く話す幸村というのを仁王は初めて見た。


「なんじゃ、いつもフランスに行く前は教えてもらってたんじゃろ?」
「…お前は言いにくいことをずけずけと聞くね」
「言いにくいことなんか?」


幸村は大袈裟にため息をつき、みんな分かっているんだろと言った。少し投げやりな態度だ。


「みんなじゃなか。真田と赤也は気付いとらん。アイツらは鈍いからの」
「フフ、なるほど」


おかしそうに笑ったあと、幸村は表情を暗くする。


「お前が来たのは蓮二に言われてか?」
「残念、ハズレじゃ」
「ならどうして」
「…まあ、いろいろあっての」
「ふうん?」


幸村がさぐるように見たが仁王はそれを無視する。


「で、宮瀬と何があったんじゃ?」
「…お前は弦一郎とかまた違った清々しさだな」
「お褒めにあずかり光栄なり」


仁王は不思議なやつだと幸村は思う。何事にも無頓着なフリをして、人一倍繊細で他人を見て思いやっている。それを本人に言ったら恥ずかしがるだろうから言わないけど。
何故か、真田や柳に言えないことが仁王には言える時がある。


「テニスをしてほしくないと言われた」
「………」
「無理をして病気が再発したらどうするとね」
「優しいやつじゃな」
「うん。オレ、一度も宮瀬さんに「頑張れ」って言われたことがなかった」
「お前は、言わなくても頑張っとるからの」
「努力しないやつが勝てるはずがない。テニスはそんな甘い世界じゃない。勝たなくては、意味がないんだ」
「それが、王者立海大じゃからの」
「でも、それを宮瀬さんに否定された。オレにはテニスしかないのに。テニスをするな。テニスなんて関係ない。今のオレを好きだと、言ってくれた」
「ほ―」
「オレは、宮瀬さんにオレの存在意義を否定された気がした。…オレも、宮瀬さんのことが好きだから、オレのことを理解してほしかった」


そこで幸村は口をつぐむ。


「…お前さんはわがままじゃな」
「そうかい?」
「のお、幸村。お前は宮瀬を理解しようとしたか?」
「え…」
「少なくとも、宮瀬はお前さんを理解しようとしたと思うぜよ。テニス一筋のお前さんにそんなこと言うなんて無謀じゃ。拒絶されるなんて分かりきっておる」
「…ならなんで宮瀬さんは言ったんだ」


不愉快そうに眉を寄せる幸村を見て仁王はおかしかった。神の子は案外こっち方面には疎いらしい。


「お前がまた病気にかかるぐらいならお前に嫌われた方がいいっと思ったんじゃろ」
「………」
「愛されとるな」


笑いが込まれた仁王の声に幸村は嫌そうに眉を寄せる。照れ隠しか?そう思うとおかしかった。


「で、お前さんはなんて返したんじゃ?」
「…何も」
「へ?」
「何も言わなかった」
「………」


言葉を失う。どう反応したらいいのか分からず変な顔になる。その表情が気に食わなかったのだろう。幸村は顔をしかめるが、結菜に対する罪悪感があるからか、何も言わずにそっぽを向く。


「お前…そりゃひどいじゃろ」
「………」
「フランスに黙って行かれてもしょうがないレベルじゃ」
「………」
「もしかしたら行ったっきり帰ってこんかもしれんな」
「…!?」


弾かれたように幸村は仁王を見た。その反応に仁王は内心にやにやする。


「…もう、会えないのかな」
「さあの。フランスに追いかけに行ったらどうじゃ」
「無理だよ」


きっぱりとした口調で幸村は言う。


「オレは全国へ行かなくてはならないから」


結菜よりもテニスを取る。幸村の心は変わらない。宮瀬は可哀相じゃな。そう思うが、仁王は幸村を誇らしく思う。これがオレらの部長じゃ。


いつも、幸村の姿は毅然としていて、コイツについて行けば大丈夫。そう、思える。
だが、結菜が絡んだ時の幸村は少し違う。不機嫌になったり、照れたり、今まで見たことのなかった幸村を仁王は見た。それは幸村が結菜のことが好きだからだ。恋という、理屈ではどうしようもない感情を持っているから。
二人にはうまくいってほしいと仁王は思う。


(本人たち次第じゃし、周りがとやかく言うことではないの)


仁王は立ち上がる。


「そろそろ行くぜよ」
「ああ」


ドアノブに手を伸ばす前に、仁王、と幸村に呼び止められる。


「宮瀬さんに言われたんだ。オレは立海が負けて安心してるっと。全国でオレの存在価値を周りに知らせることができるからっと」
「………」
「そうなのかな」
「…オレはお前が考えていることなんざ分からん。ただ……」


振り返り仁王は笑う。


「関東で勝とうが負けようが、オレらはお前を待っているぜよ」


幸村は瞬きを数回し、その言葉の意味をゆっくり噛み締める。


「…ああ」







デンドロビウムはあなた



不安にならなくても、居場所はちゃんとある。たしかそれは、君が教えてくれたことだった。




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