ドアをノックするが、返事は来ない。結菜は悲しげに顔を歪め、踵を翻した。
たどり着いた先はリハビリ室。


「ゆ、幸村くん!今日はもうやめましょう!」


看護婦の悲鳴のような声に悲しげな表情を色濃くする。静かにドアを開けると汗だくの幸村がいた。
看護婦の声など聞こえていないのだろう。歯を食いしばり苦痛にたえるその姿を結菜は直視できない。
結菜に気付いた看護婦が救われたような表情を浮かべた。結菜に駆け寄り幸村をとめるように請う。でも、結菜は幸村に自分の声が届かないことを知っている。顔を伏せたまま動かない結菜にヤキモキしたのだろう。看護婦は幸村を再度とめ、結菜にもとめるように再び請うが、幸村がやめることはなかったし、結菜は何もしなかった。





屋上のドアを開けると夏の日差しが飛び込んできた。ジリジリとした暑さがあるが、からっとした空気と風が心地好い。幸村は伸びをして、後ろにいる結菜を振り返る。


「やっぱり、体が思うように動かないな。本来の調子が取り戻すためにはどれぐらいかかるだろうか分からないよ」
「………」
「でも、間に合わせる。決勝までには必ず。オレは立海を全国優勝させる」


毅然と言い放つ幸村の瞳は輝いていた。水を得た魚のような。風に流される雲のような。そんな瞳だった。


(とめられない)


幸村はもうとめられない。
…いや、違う。結菜は一度も幸村をとめようとしなかった。何も言わず心の中で嘆くだけだった。


(このままだったら、幸村くんが遠くに行ってしまう)


「宮瀬さん?どうしたんだい?体調でも悪い?」


そんなの、嫌だ。


「…幸村くん。お願い、もう無茶しないで」
「え?」
「テニスをしないで」


ゆっくりと目を見開く幸村。幸村は結菜からこんな言葉が出てくるなんて思わなかったのだろう。驚きが隠せない表情。どこか傷付いた表情に見えるのを、結菜は気付かないフリをする。


「私は、幸村くんに自分の体を一番大切にしてほしい。今無茶をして、また病気が再発したら?…私は、そんなの嫌」
「…宮瀬さん。君がオレのことを心配してくれていることは分かった。ありがとう。それでも、オレはテニスをしなくちゃならない。全国大会で優勝しなくちゃならない。
関東大会で立海は負けた。全国大会で青学に絶対に勝たなくてはならない」


違う。違うでしょ?
幸村くん。あなたは…


「安心してるんでしょ」
「…え?」


幸村の瞳が揺れる。


「立海が負けて、幸村くんは安心したんでしょ?立海が勝つためには自分が必要なんだって!全国大会で勝てば自分の存在を回りに知らせることができるって思っ、」
「違うっ!!」
「っ、」


聞いたことがないような幸村の険しい叫び声に結菜は体を震わす。幸村は深海のような暗くて冷たい瞳で結菜を見ていた。その瞳にあるのは、拒絶。


「君に何が分かる…!オレには、…テニスしかないんだ」


絞り出すような声で幸村は言った。


「…そんなことない」
「………」
「そんなことないよ、幸村くん」


一歩、幸村に近付く。


「私はテニスをしている幸村くんを知らない。知っているのは病院にいる間の幸村くんだけ。幸村くんは優しくて、少し意地悪で、強くて…」


神の子なんかじゃない。人に嫉妬して、八つ当たりして、そのことを後悔する。どこにでもいる、男の子。


「私が好きになったのは、そんな幸村くん。テニスをしている幸村くんじゃないよ。神の子じゃないよ」


一歩、また近付く。
幸村は呆然とした表情で結菜を見ていた。


「テニスなんて関係ない。私は幸村くんが、好き。だから…無茶なんてしてほしくない。お願い、幸村くん。自分の体を大切にして…?お願いだから…」


テニスしかないだなんて、そんな悲しいことを言わないで。あなたはたくさんの人に愛されているのだから。


「テニスをしないで」


青空の下。からっとした夏の空気。沈黙がおりた。
二人は見つめ合い、やがて、幸村が結菜に向かって一歩を踏み出した。そして、


何も言わずに結菜の横を通りすぎた。


呆然と結菜は立ち尽くす。遠退く足音。次いで聞こえる屋上のドアが閉まる音。


ガチャンーー…


重い音が聞こえた。
結菜は膝から崩れ落ちた。その白い頬に涙が流れる。惨めだ。すごく、惨めだ。


「フラれちゃった…」


結菜は幸村が自分を想ってくれていることを知っていた。だから、選んで欲しかった。テニスよりも、結菜を。結菜の気持ちを。
好きだって言ってほしかった。私が好きだから、私を悲しませるようなことはしないって言ってほしかった。幸村くんにとって、テニス以上の存在になりたかった。
でも、結菜の気持ちに答えず幸村はテニスをとった。


「バカみたい…」


自分がこんな欲深くて汚いなんて知らなかった。こんな汚い告白なんてしなければよかった。幸村くんに恋なんてしなければよかった。幸村くんにあの冬の朝、屋上で出会わなければよかった。


誰もいない屋上で、結菜は泣き崩れた。あの日、あの冬の朝は幸村との恋は始まりを告げ、今日、夏の日差しの下、幸村との恋は終わりを告げた。








ドラセナに憧れて散る



ねえ、おばあちゃん。私、恋は幸せなものなんだって想っていた。なのに、今、苦しくてたまらないよ。



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