幸村の手術日が決まった。
それは関東大会決勝戦の日だった。


「お前が目を覚ましたら関東大会の優勝トロフィーを見せる。そして、全国大会はお前と共に優勝トロフィーを手にするのだ」
「ああ」


喜色の微を浮かべる真田に幸村も満面の微で返す。全国大会に間に合う。三連覇をこの手で成せることができる。嬉しくてたまらない。そんな笑顔だ。


結菜は耳を疑うような気持ちだった。手術を受けてすぐにテニスをするつもり…?
手術は大掛かりなものだ。リハビリだっている。それなのに…。
やめてほしい。無茶なんてしてほしくない。そう、願っても言葉にすることはできず。







習い事の休憩中、携帯電話が光った。ディスプレイに映った名前を見て結菜は首を傾げる。それは柳からだった。一応、顔なじみとしてアドレスを交換していただけで柳から連絡がくるのは初めてだ。
何だろう。不思議に思いながら結菜は電話に出た。





幸村の病室の前へ行くと、テニス部レギュラー全員が暗い顔でいた。赤也は今にも泣きそうな顔をしている。部活帰りなのだろう。休日なのにみんなウェアを着ていた。
低めのサンダルにノースリーブの白いワンピースに淡い黄色をした鍵網のカーディガンをはおった恰好で現れた結菜に一同は目を見張る。
着替える時間が惜しかったとはいえもう少し露出を控えた別の服を着てくればよかった、と結菜は後悔した。


「たるんどる!!」


いきなり大きな声を真田があげる。その顔は真っ赤だ。


「若い女子がそのように人前に肌をさらけ出すとはけしからん!たるんどる!!」
「真田。お前のセリフ、おやじみたいじゃ」
「なんだと!?」
「…宮瀬先輩って本当美人っスよね……」
「ああ」
「本当だな」


思い思いに口を開くメンバーに柳はため息をついた。


「落ち着け弦一郎。こっちが急に呼び出したのだ」
「むっ」


結菜の息が乱れていることに気付いたのだろう。真田は口をつむぐ。


「急に呼び出してすまなかったな、宮瀬」
「ううん」


結菜は曖昧に笑い、それから病室の扉を見た。それから柳を見る。


「どうして私を呼んだの?」


柳は彼にしては珍しく、目尻を垂れた。


「どうすればいいのか分からなかったんだ」


真田は俯き、仁王は横を向く。みんながそれぞれ結菜から目を逸らした。結菜は戸惑う。


「私、何にもできないよ?…何を言えばいいのか分からないよ……」
「それでも、俺たちよりはいい」
「………」
「精市に会ってくれ」


縋るような声音だった。結菜が頷くと、一人一人、一言ずつ声をかけて去って行く。最後に真田が悔しそうに唇を噛み締めながら「頼む」と言って去った。


ドアをノックする。…返事は来ない。でも、結菜はスライド式のドアを開けた。


「こんにちは、幸村くん」
「………」


返事はない。幸村は上半身を起こした状態で窓の外を見ている。ツカツカと足音を鳴らし近付く。やっと視線が結菜の方を向く。それから笑った。


「たるんどる」


瞬きを数回し、それから結菜は小さく吹き出した。


「それ、真田くんのマネ?」
「アイツの声は本当デカイね。丸聞こえだ。でも…今日ばかりはアイツに同意」
「?」


幸村は眉をしかめる。


「その可愛い恰好をアイツらに、しかもオレより先に見せたなんて許せないや」
「……えっと…」


結菜は反応に困りベッドの脇に立ったまま、ただただ顔を赤くする。結菜の反応を見て、満足そうに笑い幸村はまた視線を窓の外へ戻す。


「…先生がたの話しを聞いてしまったんだ。あんな体でテニスなんてできるわけがないって」
「………」
「ショックで、訳が分からなくて、それで…みんなにあたってしまった」


泣き笑いのような表情を浮かべ、結菜の方を見た。「情けないや」そう幸村は自嘲気味に笑う。


幸村にとってテニスは全てだった。病気と戦う糧であり、勇気であり、希望だった。それが打ち砕かれた。そして、テニスをしている仲間たちを見て嫉妬しあたってしまったことを後悔している。
厳しい人だ。自分自身にすごく厳しい人なのだ、幸村精市という人は。


「…私は安心した」
「安心…?」
「うん。幸村くんは、人間なんだって、安心した」


至極真面目な表情で言い放つ結菜に幸村は首を傾げる。
結菜は幸村と関わって、今まで見てきた姿を思い描きながら言葉を選ぶ。


「幸村くんは、自分が病気になって幸村くん自身が一番不安なのに、いつも周りの人を落ち着かせていたから。安心させるように笑顔を浮かべていたから。幸村くんの笑顔でみんな安心して…。私は、幸村くんが言われている通り本当に神の子みたいに見えた。だから、少し、怖かった。完璧な人間なんていないのに。幸村くんが完璧な人間に見えて、怖かった」


テニスに全てをかけるその姿は本当に絵に描いたような完璧な姿で…。


「でも。違うんだな、って」


他人にあたって、後悔するような。そんな人間らしい姿が彼にあったことが嬉しかった。


「大丈夫だよ。真田くんたちは幸村くんのことを想っている。だから、明日もまた会いに来てくれるよ。明日謝ったらいいんだよ。幸村くんの大切な仲間でしょ?」


幸村は微を浮かべる。幸せそうな笑顔を。信頼を寄せた笑顔を。


「ああ」


幸村は強い人だから。彼らの絆は本物だから。だから…。
テニスができない。医師から放たれた言葉を幸村は乗り越え、戦い、仲間たちは支えるのだろう。








エリンギウムの花は友と共に咲く



結菜には決してできない。決して、できない。




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