ちらちら、ちらちら。粉雪が空を舞う。風に流され、人肌に触れては一瞬で溶けてしまう。そんな弱い存在。


梅が花開き粉雪が降る卒業式。
エスカレート式の学校である立海は多くの生徒がそのまま高等部へ上がる。卒業生同士で涙を流して別れを惜しむ姿はそう見えないが、先輩の卒業に寂しさや心細さをおぼえ泣き出す後輩たちの姿は多く見えた。
上級生と縁が薄かった結菜は特に感慨もなくその様子を見ていた。


結菜は卒業式の片付けにあたっていた。他の生徒や先生たちと片付けを始め、完全に終わったのは夕方近く。
今日は幸村のところに行く予定だったのに、予想以上に時間がかかってしまった。春休みにフランスへ戻る結菜は今その準備で忙しい。今日を逃したらまたしばらくは行けなくなる。幸村に渡す物があるので今日はなんとしても行きたかった。
結菜は肌寒い空の下、白い息を吐きながら急ぎ足で病院へ向かった。





病院の入口で立海の制服を着た生徒たちを見かけた。卒業生なのだろう。胸に造花を挿している。幸村の知り合いだろうか?彼らが結菜に気付くそぶりはなく、結菜も知らない生徒たちだったのでそのまま幸村の病室を目指した。


ノックをするとやわらかい声が中から聞こえてくる。スライド式のドアを開けるていつものように笑顔で幸村が迎えてくれた。


「こんにちは、宮瀬さん」
「こんにちは、幸村くん」
「外は寒かっただろう?」
「うん。でも、カイロ持っているからあったかいよ」
「なるほど」


やわらかい微笑を浮かべた後、幸村は結菜から視線を外し俯いた。


「…さっき部活の先輩たちが来たんだ」


あの集団はやはり幸村の見舞いだったのか。結菜は納得して、黙って幸村の言葉に耳を傾ける。


「テニス部を任す、っと言われた。三連覇を果たしてくれっと。…先輩たちは、俺が戻ってくることを信じてくれている」


先輩だけじゃない。部員全員が幸村の帰りを待っている。王者立海の三連覇を信じている。


「俺は、早く戻らなくちゃならない。部長として立海テニス部を引っ張っていかなくてはならない」


毅然と言い放つ幸村。戻る場所がある。その場所でやるべきことがある。だから、頑張らなくては。
幸村が前向きになったこと。それはとてもいいことなのに、使命感に燃える幸村を見て結菜は悲しくなった。


結菜は幸村が筋肉を衰えさせないために毎日トレーニングをしている。部長という肩書きは幸村をさらに無理させる要因にしかならない。結菜は幸村を部長から外してほしかった。幸村は居場所を失ったと思い傷付くだろう。それでも。
幸村にはテニスよりも自分の体を大事にしてほしい。たとえ、幸村にとってテニスは命よりも大切なものだとしても。


「…無理は、しないでね……?」


でも、結菜はそれしか言えなかった。病気に立ち向かう幸村に、それ以外の言葉をかけることはできなかった。
幸村は結菜の胸の葛藤には気付かず、整った眉毛を寄せる。


「ただ、弦一郎にはたくさんの迷惑をかけてしまうな」


寂しそうに、悲しそうに。幸村は呟く。


「…迷惑だなんて、言っちゃダメだよ」
「?」
「確かに、幸村くんがいなくて大変かもしれないけど、真田くんは幸村くんの代わりを嫌々するような人じゃないと思う。だって、真田くんは幸村くんの親友でしょ?幸村くんの力になりたいって思っているだろうから…迷惑をかけるだなんて、言っちゃダメだよ」


真田くんは幸村くんが戻ってくるのを待っているんだから…。
それを言葉にすることはできなかった。


「…そうだね。迷惑じゃなしに、苦労をかける、かな?」


顔を見合わせて二人は笑う。笑いながら、結菜は理由もなく泣きたくなった。


「宮瀬さん。…ありがとう」
「…どういたしまして。……よし!そんな幸村くんにプレゼントです」
「プレゼント?」
「うん」


努めて明るい声と笑顔をつくり、カバンから包装された物を取り出し幸村に渡す。


「ちょっと早いけど誕生日プレゼント」
「いいのかい?ありがとう」


幸村はくすぐったそうに笑う。


「開けてもいいかい?」
「うん」


包装紙を綺麗に開け、幸村は中にある物を手に取り瞳を輝かせた。


「ルノワール!」


プレゼントはルノワールの画集。前に幸村が絵画を見るのが好きだと聞いていたからだ。


「ありがとう、宮瀬さん。大切にするよ」
「喜んでもらえてよかった。…あのね、幸村くん」
「ん?」
「私、春休みにフランスに行くんだけど今回はちょっといろいろと準備があって忙しいんだ。それでね、多分、春までここには来れない」


幸村は軽く目を見張った後、悲しそうに目尻を垂れた。会えないことを悲しがってくれている。そんな反応に喜んでいる自分に結菜は戸惑う。


「…そっか」
「うん」
「春になったら、また来てくれるよね?」
「もちろん」
「なら、待っているよ」


幸村は笑う。少し、寂しそうに。だから結菜は幸村を安心させたくて、笑顔を浮かべた。







オモトを持つあなたは遠くて



命よりも大切なものを結菜は知らない。分からない。だから、結菜に幸村の気持ちは分からない。…分からない。




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