病室に大量に運ばれたバレンタインチョコを見て結菜は改めて感心する。
「本当に凄い数だよね…」
124個という個数を目の前で見ると感心するというか、正直笑えてくる。半笑いな結菜を見て幸村は困ったように眉を垂れた。
「うん、さすがに全部一人で食べ切るのは無理だね」
「…挑戦しようとしないでね?」
幸村のことだから相手の気持ちを汲んでやりかねない。その姿勢は好ましいがいくらなんでもこの量を食べるのは体に悪い。危惧する結菜を見て幸村はおかしそうに笑うものだから、用意したチョコを渡さないでおこうかと結菜は思った。…なのに。
「宮瀬さんからのチョコはいつくれるの?」
「……はい」
有無を言わせない笑顔に負けて綺麗にラッピングされたチョコを渡す。
「フフ、ありがとう」
「約束だったしね」
「約束しなかったら結菜さんはオレにくれなかったのかい?」
「うーん…。バレンタインデー=友達とチョコ交換だからなぁ。男の子にあげるイメージなかったかも」
幸村は瞬きを数回した。それから嬉しそうにはにかむ。
「何?」
「いや、オレのこと男って思っているんだと思って」
「…? 幸村くんは男の子でしょ?」
「そうだね」
「?」
「フフ」
幸村を異性として見ている。それがどういうことか分からない結菜はただ不思議そうに首を傾げた。
「幸村くん、今日はなんだかご機嫌だね」
「宮瀬さんが来てくれたしね。チョコももらえたし」
「もう…」
このてのセリフにはだいぶ慣れたがまだ反応に困る。嬉しいのにうまくそれを表現することができない。恥ずかしい。
幸村はくすくすと楽しそうに笑い、それから静かに言った。
「進級が決まったんだ」
「え?」
「3年生になれる」
入院をしている幸村の目下の不安が進級だった。今朝担任が来て無事進級できることを伝えてくれたのだ。
「…そっか」
幸村は結菜が気付かないほどに、そっと目を伏せる。次にくる言葉は「よかったね」「おめでとう」に決まっている。自分は病気で入院をしているんだと思い知らされるのだ。そう、思っていたのに。
「幸村くんと同じクラスになれたらいいな」
結菜から出た言葉はそんな言葉だった。
「あ、そうだ。幸村くん第二言語はどうするの?」
「え…」
結菜はそのまま当然のように話しを続ける。
「3年生になったら決めなくちゃダメじゃない?私はどうしようかなぁ、って」
結菜の態度が変わらないから幸村も安心して笑う。
「……宮瀬さんはフランス語もうしゃべれるしね」
「ウィ。だから他のヨーロッパ言語をやるべきかなぁって」
「ドイツ語とかスペイン語?」
「うん。悩む。幸村くんは?」
「俺は…」
進級できるかどうか、それしか考えていなかった。その先のことは考えていなかった。そのことに幸村は今気が付いた。
長期の入院生活で考えがだいぶ気が弱くなっているようだ。遠くのことが見えていない。結菜はいつもそのことに気付かしせてくれる。
「……フランス語かな」
「フランス語?」
ぱぁっと結菜の顔が輝いた。
「うん。いつか行ってみたいからね。美術館周りとかしてみたい。それに、宮瀬さんからいろいろ話しを聞いているから、今すごく行ってみたいよ」
「でしょでしょ!すっごくいいところだよ!」
結菜は満面の笑顔を浮かべ無邪気にはしゃぐ。
「フランス語、難しかったら私が教えてあげるね」
「フフ、それはありがたいや」
「あ、なんなら今からやる?挨拶とか日常会話とか?」
「あ、いいね」
トリトマから目を離さないで
前を見つめて突き進みたい時、君というやわらかい光があるから迷わないでいられる。そんな気がした。