冷気を感じて目が覚めた。…寒い。そして体がダルい。再び眠ろうと目をつむるが眠気はやってこなかった。幸村は重いため息をつく。
悪夢を見ることは今もある。不安やストレスがたまっているのだろう。発作や体が動かなくなる回数も増えた。調子がよくなるのは点滴を終え薬が効いてきた夕暮れ時。花のような少女と会う時間。
その少女はしばらく会いに来てはくれない。待つばかりで自分から会いに行けないことにもどかしくなる。


朝食を済ませると手持ち無沙汰になった。家族が来るのは昼からだ。
学校は昨日が終業式だった。担任が置いていった宿題でもするか。そう思い手を伸ばす。


「っ…!?」


手が震えた。バサバサッと棚に積んであった教科書類が音をたてて床に落ちる。
落ち着け。慌てるな。いつもの発作だ。すぐにおさまる。
荒い呼吸はしだいにおさまり規則正しい呼吸に戻る。額にかいた汗を手のこうで拭った。


あと、どれだけこの痙攣を体験しなければならないのだろう。痙攣が起こるたびに自分が病気なんだと思い知らされる。テニスはいつ出来るようになるのだろう。…出来るようになるのだろうか。
嫌な考えを振り払いベッドから降りて落ちた教科書を拾う。なんだか惨めな気分になった。


再び勉強する気にはなれず、窓に近付く。結露がついた窓を掌で拭き窓の外の景色を見る。


黒い車が病院の前に止まった。何だろう。ジッと見ていると後ろのドアが開き少女が現れた。白いケープと帽子を纏ったその姿に期待で胸が高鳴る。小麦色の髪を揺らしこっちを見上げた少女の瞳は翠色。目が、あった。


(宮瀬さん…!)


驚く幸村とは対称に結菜は嬉しそうに微笑み、車から何かを取り出し病院の中へと走った。


窓辺に立ったまま幸村は結菜を待つ。しばらくすると、軽いノックオン。返事をするとドアが開き、赤い顔をして息をあげた結菜がいた。
遠目では分からなかったがケープと帽子は毛糸素材の物で雪だるまみたいだと思った。下に着ているワンピースもブーツも可愛いらしいデザインのもので結菜によく似合っている。
結菜が来るのはいつも学校帰りだ。ふと、私服を見るのは初めてのことだと気付く。


「おはよう、幸村くん」
「…おはよう、宮瀬さん。どうしたんだい?確か今日からフランスじゃ……」
「うん。今から行くよ。その前に幸村くんに渡したいものがあって…はい!」


満面の笑顔で出されたそれは、バスケットに一杯入っているバラの花だった。赤、黄、白の三色を大小のバラでアレンジされている。赤バラの圧倒的な存在感を黄バラと白バラで抑えたとても素晴らしいものだった。
魅入って何も言えない幸村の様子に結菜は満足したようだ。


「あのね、フランスってお花屋さんがたくさんあるの。中にはバラだけを扱っている店もあるわ。私はフランスに帰ったらいつも自分ように花束を作ってもらうの。その花束を部屋に飾っておくと、すごく幸せな気分になれるの…」


その時の気持ちを思い出しているのだろう。結菜はそっと目を伏せ、幸村は息を飲む。零れる笑顔は花のように綺麗で、バラの花に負けてなどいない。


「だからね、幸村くんにフランスをおすそ分け」


結菜が自分のことを考えてくれていた。その事実だけで胸が熱くなる。
バスケットを受け取り、幸村は微笑む。


「ありがとう」


結菜はもう一度満面の笑顔を浮かべ「じゃあ、もう行くね」と慌ただしく背中を向けた。その背中に声をかける間もなく。


窓辺に立ち結菜が病院から出て来るのを待つ。走りながら出て来た結菜は振り向くことなく車に乗り込んだ。


(あ…)


車に乗り込む直前結菜は幸村の病室を見上げた。手を振られ、振り返す。
発進し、見えなくなった車を幸村は見つめ続けた。


バラの花に顔を近付け匂いをかぐ。きつすぎない、甘い匂いがした。
別れたばかりなのに、結菜に会いたくてたまらなかった。






アンスリウムに救われて



ゆっくりと心に温かいものが染み渡ってくる。




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