幸村の病室の本棚には様々な本が並んでいる。
幸村が家から持って来た小説やガーデニングの本はもちろん、テニス部員が持ってきた本が多種多様に並んでいる。真田が持ってくるのは歴史本。戦国時代や幕末物が多く、柳生が持ってくる本はヨーロッパ文学の本が多い。ジャッカルが持ってくる本は冒険物が多く、柳は幸村が好みそうなものをチョイスして持ってくるため絵本から新書まで持ってくる。赤也、丸井が持ってくるのは少年漫画だ。幸村が結構楽しんで読んでいるので結菜は少し意外だった。本を読まない仁王はよくおもちゃを持ってきていた。テニス部でシャボン玉を屋上で吹いて割って遊ぶのに熱が入ったらしく、シャボン玉はストックが多くある。


結菜はこの本棚を見るのが好きだった。面白そうな本があればたまに借りることもある。読んだ感想を幸村と話すのも楽しかった。


柳生が持ってきたタゴールの詩集に幸村が気に入り、今棚の上段には柳が持ってきた詩集本がしめている。ハイネにバイロン、宮沢賢二に中原中也。結菜も便乗してワーズワースの詩集を持ってきて並べた。
幸村は「入院していり間にずいぶんと読書家になったよ」と笑った。


幸村はもともと本は読む方だった。入院し、暇潰しに本を読むとこはそれほど苦痛ではないだろう。しかし、幼い頃からやってきたテニスができないのみならず、普通に体を動かすことができないのだ。中学二年生の男子には耐え難いストレスとなっているはずだ。
しかし、幸村は荒れるそぶりや人に八つ当たりなどをしている気配はなかった。むしろ幸村の体を心配する側をなだめかしている。
『神の子』。幸村を見舞うようになってから知った幸村の異名だ。その異名の通りに幸村がなろうとしているのではないかと結菜は何やら怖い。


「詩ってさ、何度読んでも飽きないよね。読むたびにいろんな考え方ができる」


幸村の手にはワーズワースの詩集がある。気に入ってもらえたようで、結菜は嬉しかった。


「好きな詩は覚えてふとした時に口にしたりするなぁ」
「幸村くんはどの詩がお気に入りなの?」


う〜ん、と幸村は目線をあげて考える。ゆっくりと口を開き短い詩を歌うように読み上げる。


「『わたしは、わたしの人生から出ていくことはできない。ならばここに花を植えましょう』」


結菜は無意識に息を飲んだ。病気と戦う幸村から零れた詩に苦しくなる。そんな結菜の様子に気付いてか、幸村は安心させるようににっこり笑う。


「『花』というタイトルだよ。短い詩だけど、俺は好きなんだ」
「…幸村くんらしいね」
「そうかい?」


ほがらかに笑う幸村につられて結菜も笑う。


「宮瀬さんは何かないの?」


結菜は言うべきかどうか一瞬迷った。…幸村くんになら、いっか。
かばんの中から小さなアルバムを出し一枚の写真を幸村に見せる。その写真を見た幸村は目を見開き結菜と写真に写る人物を交互に見た。


「私のおばあちゃん。そっくりでしょ?」


それは、結菜の祖父母の結婚式の写真だった。小麦色の髪と翠色の瞳をした女性は大人びた結菜のように見える。
真っ白な純白のドレスを身にまとい溢れんばかりの笑顔を浮かべているその人の手には赤い花のブーケ。横にはえんび服を着た少し気難しいそうな人。その胸にはブーケと同じ赤い花が刺さっていた。


「すごく、幸せそうだね」
「でしょ?」


破顔する結菜を目を細めて見つめ、幸村は視線を写真に戻す。


「これはカトレアの花だね?」
「うん。幸村くんは知ってる?カトレアはどの花よりも花嫁に相応しい花って言われてるんだよ」
「へぇ、それは初めて聞いたよ」
「でね、カトレアには作者不明の詩があるの」


幸村はやっと結菜がこの写真を取り出してきた意味が分かった。
結菜は目を閉じ柔らかい声音で詩を紡ぐ。


「『何百本のバラより、何千本のデイジーより、何億本のカーネーションより、一輪のカトレアをわたしはほしい。カトレアを胸に挿しあなたとともに歩むとき、その瞬間が私はほしい』」


結菜にこの詩を教えてくれたのは祖母だった。私がカトレアの花とこの詩を好きだったことを知っていたから、おじいさんはプロポーズの時にカトレアの花束をくれたのよ。愛おしそうに話す祖母の顔をを結菜はよく覚えている。


「二人はね、私の憧れなんだ」


気恥ずかしくてそれをごまかすために笑うと幸村と目が合った。とても優しい瞳で幸村は結菜を見ている。


「素敵だね。詩も、宮瀬さんのおばあさんもおじいさんも」
「……うん」


ドキドキッと胸が鳴る。
どうしてこの話しを幸村にしたのだろう。これはもういない祖母との大切な思い出だ。どうして幸村ならいいと思ったのだろう。


理由は多分分かっている。でも結菜は気付かないフリをする。
ドキドキ。ドキドキ。何かが始まる音がする。







エーデルワイスを紡ぐ詩



いつか結菜にも素敵な人が現れるわ。その時はその人を精一杯理解しようとして、支えてあげなさい。そうすればその人は結菜を大切にしてくれるから。




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