古びた紙は独特な甘いにおいを放つ。太陽の下で咲く花のにおいが好きな結菜はこのにおいがあまり好きではなかった。
だから学校の図書室にあまり来ることはない。今日図書室に来たのはここで待ち合わせをしていたからで、相手が来るまでの暇潰しに本棚を見てその本を見付けたのはたまたまだった。
棚の一番上にある本に手を伸ばすと後ろから伸びてきた手がその本を棚から抜き出した。あっ、と小さく声が零れ振り返るとそこには長身の男子生徒がいた。
「柳…くん……?」
瞬きを数回してその名を呼ぶ。柳蓮二。生徒会役員でる彼の顔と名前は知っていた。しかし、接点はなく一度も話したことはない。疑問形になったのはそのためだ。
柳は取った本を見ながら図書室という場所を考慮した声でひそめく。
「ハーネットの『秘密の花園』か。精市が好きな本だな」
結菜は彼がテニス部だったことを思い出す。幸村と柳、それから真田で三強と呼ばれていることに覚えもある。幸村の友人、ということで少し柳に親近感が湧いた結菜は笑顔を浮かべた。
「うん、オススメだって言わた」
同じように結菜が声をひそめて言うと柳は「そうか」小さく細く笑んだ。
「昨日、精市の見舞いに行ったようだな」
「うん」
「宮瀬が帰った後、俺達も行った。その時の精市が嬉しそう言っていた」
「そう、なの?」
幸村が自分の来訪を嬉しそうに告げる図がうまく想像できず結菜が首を傾げると柳はふっと笑い本を結菜へ差し出した。
「読んだことがないなら読んでみるといい。俺からもオススメする」
「ありがとう」
本を受け取るともう棚の影からもう一人長身の男子生徒が現れた。
「蓮二、お前が言っていた本は…むっ」
「真田くん?」
「宮瀬か」
彼もいたのか、と結菜は驚いた。一年生の時に校門検査で真田に髪色指摘されたことがある。日本で浮く髪色を特に意識していた時期だったため不快感は大きかったが、髪が自毛だと分かった時誠心誠意謝ってくれた真田を苦手に思うことはなかった。
真田の手にある『仮名手本忠臣蔵』と書かれた本の背表紙を見て、彼らしいなっと結菜は小さく笑う。
「宮瀬、昨日精市の見舞いに行ったようだな」
「うん」
柳と同じことを言うので結菜は頷きながら思わず笑う。横で柳も微笑を浮かべていた。首を傾げる真田に理由を言うとなるほど、と真田もかすかに笑った。
「礼を言いたいと思っていたから会えてよかった」
「礼?」
「ああ。ありがとう」
礼を言われる理由が分からず首を傾げる結菜に別れを言いそのまま二人は行ってしまう。
(幸村くんのお見舞いに行ってくれてありがとうって意味なのかな…?)
思案していると待ち人が本棚から姿を現した。その瞳は好奇心で溢れていてしまった、と思った。
「結菜〜、いつの間に3強と仲良くなったの?」
「…話すから記事にはしないでね」
「もちろん!友達を売るようなことはしません!」
好奇心を隠さず聞いてくる待ち人である新聞部の友人に結菜は苦笑いをするのだった。
ノックをすると鈴やかな声が部屋から返ってくる。
「宮瀬です」
「宮瀬さん?」
パアッと明るくなった声に胸が小さく鳴った。扉をスライドして開けると上半身を起こした状態の幸村が笑顔で迎えてくれた。
「今日はちゃんと開けれたね」
「…幸村くんって意地悪だよね」
むうっとわざと頬を膨らますとごめんごめんと幸村は楽しそうに言う。
「続けて来てくれるとは思ってなかったから嬉しくて」
「……そう…?」
思わぬ言葉に照れて反応に困ってしまう。進められるままにベッドの横のパイプイスに座る。
「今日はね、幸村くんに相談にのってほしいことがあったの」
カバンの中から数枚の写真を取り出し幸村に渡す。写真を見た幸村は目を見開いた。
「これ…」
「うん。屋上庭園のプリムラだよ。珍しくうまく撮れたのがたくさんあって校内新聞に載せる写真を悩んでて」
嘘はついていない。新聞部の友人と悩んでいたら「幸村くんに決めてもらったら?」と言われ、次に見舞いに行くタイミングをはかりかねていたので用事があった方がいいと思い来たまでだ。
幸村は写真を一枚一枚味わうように見る。
「…綺麗だね」
「うん」
「見たかったな…」幸村がこぼしたかすれるような声。結菜は幸村の病状を詳しく知らない。「大丈夫」「すぐ治るよ」「そしたら見れるよ」だなんてそんな気休めの言葉などかけたくないから聞こえなかったふりをする。
「校内新聞の園芸の欄って宮瀬さんが写真撮ってたんだね」
「うん」
「俺はこれが好きかな」
幸村が選んだのは下からプリムラをとったアングルの写真だった。
「本当?気に入ってくれたのがあってよかった。じゃあこれに決定!」
「うん。新聞、できたらまた見せてよ」
「もちろん。…あ、今日ね柳くんと真田くんに話しかけられた。幸村くん二人に私の話ししたの?」
「うん」
「…変なこと言ってないよね?」
「宮瀬さんの可愛い失敗話しならしたよ」
幸村はにっこり笑う。カアァッと頬に熱がおびる。…幸村くんは意地悪で卑怯だ。
「二人と何の話しをしたんだい?」
「…幸村くんの話し?」
「なんだい、それ」
幸村はくすくすと笑う。
真田に礼を言われたことを幸村に言うのは躊躇われたので代わりに結菜はこう言った。
「幸村くんって愛されてるよね」
幸村はきょとんとしてから首を傾げ「いきなり何を言いだすんだい」と無邪気に笑った。
シネラリアの彼らへ
「そういえば、園芸部って何人いるの?」
「十三人」
「あ、以外。もっと少ないかと思っていたよ」
「ちなみに十二人は体育会系と兼部なので実質活動は一人です」
「………」