がやがやと賑わう家庭科室。自分達が作った料理に感想を言い合いながら生徒達は楽しそうに食べていた。


そんな中、結菜はミートスパゲティーをフォークに巻いたままそれを口に運ぼうとせず何やら考え込んでいた。横にいる梨乃は黙々とミートスパゲッティーを口に運んでいる。


「ねぇ、どうすればいいと思う?」
「あたしに聞かれても知らない」
「…だよねぇ」


肩を竦め、巻きすぎて一口サイズにしては少し大きいスパッゲティーを口にいれる。


今朝、ジャッカルに幸村が花を受け取り喜んでくれたという話しを聞いた。それと幸村が直にお礼を言いたがっているから見舞いに行ってやってくれ頼まれ結菜は戸惑っている。
今まで散々距離をとってきたのに今更歩み寄っていいものなのか、結菜には分からなかった。


「結菜は行きたいの?行きたくないの?」
「…正直に言うと行きたいって気持ちの方が大きい、かな?」
「なら行けばいいじゃない。相手もそれを望んでるんだし」
「うん…」
「結菜、私のゼリーあげる」
「わぁ、ありがとう。でも私もうお腹いっぱい」
「ならお見舞いとして持って行ったら?」
「あ、いいねそれ」







という流れになり今結菜は幸村の病室の前にいる。


深呼吸をしてからドアをノックすると「はい」と柔らかいアルトの声が聞こえてきた。
意を決してドアノブをひく。ガチャガチャ。開かない。ドアノブを押す。ガチャガチャ。…開かない。えっ、ちょっと、なんで!?


「…そのドア、スライド式なんだけど」


ガラッ。あ、開いた。


「ぷっ」


吹き出す声が聞こえたと思ったら盛大な笑い声が聞こえてきた。二週間ぶりに見る幸村はお腹を抱えて大笑いをしている。元気そうなその姿に安心するが、彼が今笑っている内容が自分が今した失態についてだと思うと恥ずかしくなる。


「…幸村くん、笑いすぎ」
「ごめっ…だって、ドアが開いた瞬間のあの顔…っ」
「………」


どうやら彼のツボに見事に入ってしまったようだ。しばらく笑いやみそうにない。複雑な表情を浮かべ結菜はドアを閉めて中へ入る。


爆笑している幸村は若草色のパジャマを着、左腕に点滴を刺していた。少し、痩せたかもしれない。それでも彼が元気そうに見えるのは頬を紅潮させて笑っているからだろう。笑うことは体にいいことだけど、笑われているこっちの身としてはいたたまれない。


「あ〜、笑った笑った」
「本当、笑いすぎだよ幸村くん」
「ごめんね、宮瀬さんが可愛かったから」
「からかっているようにしか聞こえないよ」


本当なのにな、と笑う幸村の笑顔はドキリとするほど柔らかかった。


「宮瀬さん、来てくれてありがとう」


ほら、また。ドキリと胸が鳴る。胸がキュッと締め付けられて、ドキドキして、恋をしているような錯覚に陥る。


「プリムラをありがとう。咲いたかどうか気になっていたから、凄く嬉しかったんだ」


幸村の枕もとに置かれたプリムラの花。


「綺麗に咲いたから、嬉しくて。幸村くんにも見て欲しいって思ったんだ」
「うん、ありがとう」
「私ね、プリムラが咲くこと楽しみにしていたから、同じように楽しみにしている人がいるって知って嬉しかったの」
「それは俺もだよ」
「ありがとう」
「こちらこそ」


くすくすと笑い合う。胸がくすぐったい。幸村の声が、話すテンポが、心地好く感じる。


幸村に促され結菜は椅子に座り、持って来たゼリーを詰めた箱を取り出した。保冷剤もちゃんと入れてきた。


「今日調理実習でゼリー作ったの。よかったからどうぞ」
「ありがとう。うわぁ、おいしそうだね。宮瀬さんイチゴかオレンジどっちが好き?」
「イチゴ、かな?」
「はい」


差し出されたピンク色のゼリーを結菜はありがたく受け取る。


「ありがとう。…って、あ……。スプーン忘れた…」
「宮瀬さんっておっちょこちょいなんだね」
「そ、そんなこと…なく、ないかもしれない…かも……?」
「ふふっ」


幸村は楽しそうに笑いベッドの横にある引き出しを指差す。


「その引き出し開けてくれないかな?その中に昨日ブン太が置いていったスプーンがあるから」
「うん」


言われた通りに引き出しを開けるとコンビニなどでよくもらえるプラスチックのスプーンの束があった。二本取り、一つを幸村に渡す。


「うん、おいしい」
「だね。よかった」


白い病室で、幸村の肌は溶け込んでしまいそうなほど白い。いろとりどり花を咲かせるのプリムラの花がこの部屋の唯一の色のように咲いている。


「ねぇ、幸村くん」
「何?」
「どうしてあの時私に謝ったの?」


二人の噂が広まり始めた頃、すれ違い間際に幸村が結菜に小さく呟いた「ごめんね」の言葉。


「幸村くんが謝る必要なんてなかったのに」


結菜の瞳が切なげに揺れる。幸村はわずかに眉を垂らして微笑んだ。


「俺との噂のせいで宮瀬さんが目立っちゃったから」
「………」
「宮瀬さん、目立ちたくない、って感じだったから」


だからなんだか申し訳なくて。そう言う幸村の笑顔はどこまでも温かい。胸が締め付けられるような気がした。結菜は笑顔を浮かべる。


「私ね、おばあちゃんの若い頃にそっくりなの。だからこの髪の色も瞳の色も好き。でも日本では目立ってどうして私はみんなと違うんだろうって思うんだ。そんな時おばあちゃんが恨めしく思う時があるの。…そんな自分が、嫌い」


大好きな人を疎ましく思ってしまう自分の小ささが嫌になる。
幸村はぽつりと呟いた。


「なんか、おしいことしちゃったな」
「何が?」
「もっと前から宮瀬さんとこんなふうに話しとけばよかった。俺、自分をちゃんと見つめ直す人間好きだから」


幸村は朗らかに笑う。結菜は言われた意味をゆっくりと考え、わずかに頬を赤くして笑った。


「それはこっちのセリフだよ」









クレオメの夕日



「ねぇ、宮瀬さん。よかったらこれからも来てほしいな」
「え…?」
「いいよね?」
「…うんっ」





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