真っ白な純白のドレスを身にまとい溢れんばかりの笑顔を浮かべているその人の手には赤い花のブーケ。横にはえんび服を着た少し気難しいそうな人。その胸にはブーケと同じ赤い花が刺さっていた。


花の名は、カトレア。


どの花よりも花嫁に相応しい花。







柔らかな朝の陽差しを浴びながら結菜は屋上庭園の花達に水を与える。その顔は上機嫌で幸せそうな微を浮かべていた。


「明日には咲くかな〜?」


水をやったばかりのプリムラの蕾をちょん、と人差し指でつつく。水滴が濡れた土に落ちた。


立海大付属中学2年生である宮瀬結菜は園芸部に属している。朝と放課後、屋上庭園と中庭の花壇に水をあげるのが結菜の日課だ。
咲いた花は写真を撮って原像しアルバムに入れる。それは一年生の時から続けていることでアルバムは七冊目に突入した。


冷たい風が吹き、結菜の長い小麦色の髪が舞う。冷たい手に息を吹きかけまだ薄暗い冬の空を見上げていると、屋上の重たい鉄の扉が開いた音が聞こえた。
そこには藍色の髪を持つ少年がいた。


「幸村くん…?」


幸村精市。彼はちょっとした有名人だ。まずはその少女と見違えるような線の細い整った顔立ち。もう一つは所属するテニス部を全国一へ導いた腕前。
朝の光りを浴びた髪はキラキラと輝き、綺麗だなぁと結菜は見とれる。


驚いたように目を見開き結菜を見ていた幸村だが、やがてふんわりとやわらかい笑顔を浮かべた。


「びっくりした。天使がいるのかと思ったよ」
「え?」


きょとん、としてからきょろきょろ回りを見渡す結菜を見て幸村は笑う。


「宮瀬さんのことだよ。髪がキラキラ光って見とれたんだ。綺麗な髪だね」


さらりと言われたセリフに結菜は戸惑った。えっと…。


「ありがとう。私も、幸村くんの髪が綺麗で見とれちゃった」
「本当?フフ、俺達互いを見て同じことを考えていたんだね」


言いながら幸村は近付いて来る。
結菜は幸村がユニホーム姿だということに気が付いた。


「幸村くん、部活は?」


幸村くんはいたずらをしかけた子供のように「フフ」と笑う。


「少し抜けて来たんだ」
「抜けて来たって…いいの?」
「弦一郎がいるから大丈夫」


ゲンイチロウが誰なのか何が大丈夫なのか分からなかったが結菜は、「そうなんだ」と頷いた。
二人の距離が一メートルになったあたりで幸村はしゃがみ込み花壇を見た。


「…残念。まだ咲いてなかったか」


その一言で結菜は彼が何をしにここへやって来たのかを悟った。


「プリムラを見に来たの?」


結菜が横にしゃがみ込み目線を合わせると幸村は優しい笑顔を浮かべた。


「そうだよ。もうすぐ花が咲きそうだったから」


その言葉を聞いた瞬間結菜の体は体温は一気に上がった。花が咲くことを楽しみにしている人がいるとは思わなかった。


「うん、楽しみだね。プリムラの花って可愛いよね、私大好き」
「俺も好きなんだ。あと冬はポインセチアも」
「分かる!可愛いよね。校庭花壇にはポインセチアを植えたんだよ。そっちももうすぐ咲くよ」
「うん、毎日見ているから知っているよ。楽しみだね」
「うんっ」


嬉しそうに笑う結菜を幸村はジッと見る。


「俺、宮瀬さんと間近で話したの初めてだけど、本当噂通りだね」
「そう?」
「うん。凄く綺麗で笑うと可愛い」
「っ、」


不意打ちに結菜はカッと顔を赤くした。そんな結菜を見て幸村は「可愛いね」と楽しそうに笑う。


「…幸村くんは噂で聞いていたよりもいじわるなんだね」
「俺はいつも思ったことを思ったまま言っているだけだよ」
「幸村くんってタラシなの?」
「ひどいなぁ、宮瀬さん」
「私はただ西洋人の顔立ちをしているだけだもん。みんな見慣れないから珍しがっているだけだよ」
「それだけじゃないと思うけどな」


小麦色の髪に翠色の瞳。フランス人の祖母の血を濃く受け継いだ結菜は日本では目立つ容貌をしている。
一年の時、美男美女として二人を勝手にお似合いカップル扱いする生徒たちがいたため、なるべく互いに関わらないようにしてきた。
こうやって幸村と二人で話すのは初めてのことだった。


小さな風が吹き揺れるプリムラの蕾。


「花好きなんだね」
「うん。幸村くんもでしょ?」
「そうだよ」


穏やかな笑顔。結菜はぎゅっと冷たい拳を握りしめる。…本当は、ずっと幸村とこんなふうに話してみたかった。


「…あのね、私、ずっと幸村くんに言いたいことがあったの」
「何?」
「幸村くんが『花いっぱい運動』を発案してくれたおかげで園芸部の部費増えたの。たくさんの花の種が買えるようになったんだぁ。だから私、ありがとうって、ずっと言いたかったんだ…。
ありがとう、幸村くん」
「……どういたしまして」


その声はびっくりするぐらい優しく、また、浮かべる笑顔も綺麗で結菜は胸がキュッと苦しくなり一瞬呼吸を忘れた。


「プリムラ、咲くのが楽しみだね」
「…うん」


それからの会話はなかった。二人で黙ってプリムラを見つめていると部活に戻るため、幸村は立ち上がる。


「これ、あげるよ」


渡されたのは使い捨てカイロだった。…温かい。


「いいの?」
「うん」
「…ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ」
「うん、ばいばい」


そんな短い挨拶だけをして、幸村は屋上からいなくなった。


一人になった屋上で結菜はカイロを握りしめる。ほんの数分だったけど幸村と話せてよかった。
また話しをしたい。今度はもっと花の話しをしたい。花のアルバムを見てもらうのもいいかもしれない。考えると胸がふわふわして幸せな気持ちになる。


幸村くんと一緒に、プリムラの花を見たいな。







ミルトニアが告げた朝



幸村が倒れたのはその日の放課後だった。


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