私はよく「しっかり者」だとか「頼りがいがありそう」とか言われる。はっきり言ってそんなことは全然ない。ただ、極度の負けず嫌いなだけ。他人に弱みを見せるのが嫌なだけ。
本当は涙脆くて、弱くて、小心者で、いつも他人の顔色を窺いながら生きている。
中学生時代仲が良かった二人はそこらへんが私と正反対だった。異世界に来てもあの二人ならこの状況を楽しんでいるだろう。でも私は違う。
怖くて不安で堪らない。
私がこの世界にやって来て数日がたった。メイドとして働くのはやりがいがあって楽しい。打ち解けたメイドさんもいて、いろんな話しを聞かせてくれる。
なんでもこの世界では黒髪黒目は特別な意味があるらしい。あんな平凡な魔王少年がこの世界では絶世の美貌を持っているとか…。ならアジア人は皆この世界では絶世の美男美女なのか。う〜ん…。不思議な世界だ。
実はこっちに来てから私の体に一つ異変がある。髪は腰まである黒色のままだけど、黒色の瞳が青色に変わっているのだ。どうしてなのか陛下に聞いていろいろ調べてもらったけどその原因は分からず仕舞いだ。
ただ…
村田健。なんでもあの眼鏡は大賢者の生まれ変わりでこの城の人達からは猊下と呼ばれている。彼が私の話しを聞いた時考えこむようなそぶりをしていた。
メイドとして働いている都合、何回か話したことはあるけど本当に気に食わない。理由なんて特にない。とりあえずムカつく。
そんなことを思いながら廊下を歩いているとバッタリと眼鏡に出会ってしまった。眼鏡は普段眞王廟という建物にいるため滅多に会わないが、会った時はとことんからんでくるから面倒なことこの上ない。
「やぁ、ルナ。こんにちは」
「…こんにちは」
私が自分を嫌っていることを知っていて、あえてこうやって話しかけて来るのがムカつく。なんでアンタなんかに呼び捨てにされなきゃいけないのよ。この腹黒眼鏡。
「ん?どうかしたかい?」
「いえ…」
私はひきつりそうになる顔に笑顔を張り付けた。
「相変わらず忙しそうだね。客人としてこの城にいるのにわざわざ自分から働きたいって言い出すなんてよっぽど物好きなんだね」
私が手に持っている洗濯カゴを見ながら言い放つ眼鏡。
「どっかの誰かさんみたいに暇を持て余すぐらいなら働いた方が有意義じゃないですか」
「それはそうだね。誰のことを言っているのかさっぱり分からないけど」
「あら、そうですか?」
お互い笑顔を貼付けて睨み合う。
「働いていたら男と話さなくちゃならないこともあるんじゃないの?男が嫌いだっていうのに大丈夫?」
それはごもっともなことだ。男のトイレ掃除を任された時とか吐きそうになった。
と言っても、私がやると言い出したことだし男が嫌いだからという個人的な理由で仕事を拒むのは嫌だ。
「まあ、仕事ですし」
すると猊下はおかしそうに笑った。
「最初の頃はあんなにこの世界を嫌っていたのに随分慣れてきたね」
「……そう、ですね」
私は曖昧な微を浮かべる。
「ルナはさ、なんで男嫌いなの?」
「むしろ好きになる理由を私は知りたいです」
憤然と言い返すと猊下は好奇心丸出しの顔で問うてくる。
「もしかして男嫌いだからって理由で高校女子校だったりする?」
「…なんでそんなことを聞くんですか?」
「気になったから」
目の前でニコニコ笑う眼鏡に殺気を覚える。早くこの場から立ち去りたい。とっとと話しを終わらせよう。
「…確かに私は女子校ですが男嫌いだからという理由ではありません。その理由を猊下に言う義理もありません」
「えー、ルナってケチなんだね」
「そうですね」
互いに笑顔を張り付かせながら睨み合う。偶然通りかかった陛下が慌ててそっぽを向いたのは何故だろう?
「あれ、渋谷」
「お、おぉ」
陛下は怖ず怖ずと私達に近付いて来た。よし、立ち去るなら今しかない。
が、眼鏡は私を見逃さなかった。
「ルナ、教えてくれたっていいじゃん。女子校に入った理由。渋谷だって気になるだろ?」
うっわぁ、ムカつく。陛下は何なんだと言う顔をしながらも少し興味深そうに私を見る。…仕方がない。
「私、高校を卒業したらアメリカに留学したいんです」
「留学?」
「はい。それを親に言ったら全力で否定されてしまい…口論の結果、親が言った高校に受かって卒業出来たらいいってことになりました」
だから必死に勉強しましたとも。お父さんとお母さんもまさか本当に受かるとは思っていなかったんだろうなぁ。
「凄いな、ルナ」
そう言ってくれたのはもちろん陛下の方。
「俺には絶対無理だよ」あはは、と笑うその姿を見ているとなんだかホッとした。
…って、こんなことしている場合じゃない。仕事しなくちゃ。
「陛下、猊下。仕事があるので失礼します」
頭を下げて二人の横を通り過ぎようとすると陛下に呼び止められた。この人にはよく呼び止められる。
「あのさ、ちゃんと寝てる?」
「っ!?」
私は慌てて陛下を振り返った。陛下は心配そうに眉を寄せている。
「なんだか顔色悪いから…」
…まさかこの男に見破られるとは……。
いきなり異世界に来て、毎日熟睡出来るほど私の精神は強くない。むしろ私は精神面が弱い。何も考えたくなくて、私は仕事を必死にする。
分かりやすい反応をしてしまったから今からごまかすのは無理だろう。
「ご心配していただきありがとうございます。でも大丈夫です。気にしないで下さい」
笑顔を浮かべながら早口で言い、陛下に背中を向けた。
同族嫌悪
誰にも気付いてほしくなかったのに、気付いてもらえて嬉しかったなんて、私は矛盾している。