三日月が好き。だんだんと満月に近付く三日月が好き。
満月が嫌い。だんだん欠けていく満月が嫌い。
失うぐらいなら最初からいらない。だから私は何も望まない、期待しない。


私は太陽の存在なんて知らなかった。











目を開ける。私が本来いるべき世界の私のベッドの上で。
ああ、そうか。
私は長い長い夢を見ていたんだ。幸せな夢を見ていたんだ。


ベッドからおり着替えてカバンを持って下の階へ下りる。カバンの中身は昨日のまま何も触ってないけど、今日は部活だけだし大丈夫だろう。


リビングに行くとお母さんが心配そうな顔をして私を見る。お父さんはすでに仕事に行っている。


「ルナ、大丈夫なの?今日の部活は休んだら?」
「大丈夫だよ。熱もないし。心配させてごめん」


お母さんは何か言いたそうだったけど、ため息をついて朝食を出してくれた。


家を出てバスで駅へ向かい電車に乗る。建ち並ぶコンクリートの家。煙をだす工場。大きな観覧車があるテーマパーク。城や森なんてない。道路を走るのは車、トラック、自転車。馬や馬車なんてない。道を歩く人の服装は制服、スーツ、ミニスカ。軍服やメイド服を着ている人なんていない。
それがあたりまえのことなのに、長い夢を見たから懐かしく感じてしまう。


電車の窓に映る私の瞳の色は黒。青いわけがない。私は生粋の日本人なんだから。


電車を下り、学校まで歩く。途中で友達に会い、大丈夫かと心配げに聞いてくるので大丈夫だと笑顔で返し昨日の大会の話しをする。昨日の出来事のはずなのに、ずっと前だった気がするのは長い夢を見たから。


学校へ着くと先輩や先生たちにも大丈夫かと声をかけられる。長い夢を見ていたせいでたくさんの人に迷惑をかけてしまった。早く夢のことを忘れなくちゃ。
袴に着替え、先生と部長の話しを聞き、練習を始める。私は一心不乱に矢を放った。


忘れなきゃ。だって、このままじゃ、苦しくてたまらない。なんであんな夢を見たんだろう。なんで、あんな幸せな夢を見たんだろう。
私が誰かを好きになるなんて、そんなありえない夢を見たんだろう。


「乃木!」
「っ、……はい」


先生に名前を呼ばれ構えていた手をおろす。先生は眉にしわを寄せ私を見ていた。


「少し休め」
「いえ、大丈夫です」
「休め」
「…分かりました」


先生の強い眼差しを直視することができず、顔を背けてカバンが置いてある場所へ行く。
ふと気付くと全身が汗だくだった。前髪は額に張り付いている。…どれだけ私は集中していたんだろう。


タオルを取り出すと同時にカバンが乗っていた長イスからひっくり返り落ちた。


「うわぁ…」


中身がほぼ全部零れて辺りに散らばった。


「ルナ、何やってんの」


笑いながら周りにいた友達たちが中身を拾ってくれる。


「ごめん、ありがとう」


私も中身を拾っていると「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。


「何これ!」
「ルナ、あんたこんなのどこで買ったの?」
「何が?」


おかしそうに笑う声に顔を上げ、声を失った。友達が持っている、それは…


「なんでウサギの鼻がブタなのよ」


ブタの鼻をしたウサちゃんのぬいぐるみ。帰る時、閣下からもらった物。
どうして夢の中でもらった物がここにあるの…?


………答えは一つ。


私は散らばる荷物の中から青く光るそれを見付け、拾い上げた。胸が熱くなる。感情が溢れ出して、苦しくなる。
それは私が陛下からもらった青い髪留めだった。


夢じゃ…なかった。


陛下は確かに私の傍にいて、一緒にお茶をしてしゃべって、私は陛下を好きになった。陛下も私を好きと言ってくれた。それは夢じゃなかった。


諦めなくていいの?
信じてもいいの?
なら私は諦めたくない。
信じていたい。


私は、陛下が好き。
陛下に会いたい。ずっと一緒にいたい。


「先生!部長!私、急用を思い出したので帰ります!!」
「え?おい、乃木!?」
「ちょっと、ルナ待ちなさい!!」


制止の声を聞かずに私は駆け出す。袴姿のまま、陛下からもらった髪飾りを持って。
学校を飛び出し私は走る。


陛下に会いたい。その一心で。
どこに行けばいいのだとか、そんなのまったく分からない。でも、この世界に、同じ空の下に陛下がいるのに何もしないでいるなんていられなかった。


陛下、会いたい。


「っ!!?」


幻覚かと思った。でも、違う。


「へい、か…!」


陛下がいる。反対の歩道に。今、確かに、そこに陛下がいる!
追い駆けなきゃ!
陛下は私に気付いていない!
早く、早く!


車がひきりなしに通るので向こう側へ行けない。歩道橋の階段を駆け上がり向こう側へ行こうとするが、その間に陛下の姿がどんどん小さくなる。


間に合わない、人込みに紛れて陛下を見失ってしまう。嫌、せっかく見付けたのに、そんなの、嫌…!


私は歩道橋の階段を下りている途中で、陛下は百メートル以上先にいて…
追いつけないなら呼び止めなきゃ!
でも、『陛下』だなんてこんな町中で呼ぶわけにはいかない。ああ、早く呼び止めないと!
陛下が行ってしまう!
嫌、行かないで、お願い、傍にいて!


『ゆーちゃん…ゆーちゃん……』


幼い私が泣いている。お願い、もう泣かないで。
大丈夫だから。
一人じゃないから。





「有利ぃぃい!!!!」





アメリカにいた頃の私はなかなか友達が出来なくて、いつも一人でいた。そんな私に手を差し延べてくれたのがゆーちゃんだった。


私はずっと手が差し延べられるのを待っていただけで、自分から手を延ばそうとしなかった。
ゆーちゃんと出会ってからも、別れてからも、ずっと。
でもそんな自分を変えたいと思う。


足を止め、振り返った有利は驚いたように目を見開く。


私、変われるかな?強くなれるかな?
私ね、とても泣き虫なの。
でもあなたの笑顔があれば、欠けた月が太陽と出会い満ちてゆくように、私、強くなれる気がする。


私は駆け出す。
有利はいつもと変わらない、私の大好きな笑顔を浮かべて私を待っていてくれている。


あなたに二度恋をした。
大好き。あなたが、大好き。


私はその腕の中に、飛び込んだ。








月のカケラ



月のカケラを集め、
見付けたのは私が大好きな人。






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