眞魔国で過ごした日々は、夢のような日々でした。
重い瞼を上げるとそこには青空が広がっていた。
ここは…?
私、どうしたんだろう……?
…ダメだ。頭がぼーっとする。体を起こす気にもなれず、寝転がったまま青空を見つめた。
私、どうしたんだろう?
どうしてこんなところにいるんだろう?
濡れた制服が体に張り付いて気持ち悪い。風が吹くと、寒くて体が震えた。
…そうだ。大会の帰りにみんなから離れて、自殺しそうな少年をとめて、誤って湖へ落ちてしまったんだ。
たどり着いたそこは眞魔国って言う異世界で、それで……。
「私、帰って来たんだ」
眞魔国から元の世界へ。安堵の思いが込み上げる。よかった…。
……あれ?
「へい…か……?」
ガバッと体を起こし回りを見渡すけど荷物があるだけで誰もいない。陛下も、猊下も。
「陛下…」
立ち上がると足元がふらついた。二、三歩歩き、辺りを見渡すけどやっぱり誰もいない。
「陛下…どこ……?」
陛下はどこにもいない。どこにも…。
あの時、手を離さなければ…。
後悔の念が押し寄せる。今更何を言っても仕方がない。分かっている。分かっているけど…。
「ゆーちゃん…」
会いたくて、会いたくて、やっと出会えたのに。
「連絡先、ちゃんと聞いておけばよかった…」
電話番号も、メールアドレスも、住所も、学校も、何も知らない。陛下は私の制服を見て私の学校を知っているから、陛下から連絡があるのを待つしか…。
「………」
頭に過ぎる最悪な想像。でも、一番納得がいく考え。
「…眞魔国なんて、本当にあったのかな……?」
全て湖に落ちた私が見た夢。ゆうちゃんに会いたくて会いたくてしかたなかった私が見た、異世界の夢。
そう考えるのが一番納得出来ると思わない?
眞魔国なんてなかった。私は陛下にも、猊下にも、アニシナさんにも会っていない。ゆーちゃんとも再会していない。それは全て私の夢。
「……ふぇ」
涙が零れた。あの日々が、眞魔国で過ごした日々が全て夢だなんて。嫌だよ。そんなの、嫌だよ…。
その場にへたりこみ、私は泣いた。
…どれぐらいそうしていたんだろう?長かったかもしれない。短かったかもしれない。
体に張り付く制服の冷たさが私に現実を忘れさせない。
「寒い…」
とりあえず着替えたい。ああ、そうだ。大会が終わったところで、バスに乗って帰らなくちゃ。みんなのところに戻らなくちゃ。
のろのろと立ち上がり、重たい頭と足にムチを打って私はバスへと向かった。途中、荷物を持って来るのを忘れたことに気付き、湖に取りに戻るはめになった。
「ルナ!あんた、どこに行ってたの!?携帯も繋がらないし、もう少しで置いていくところだったんだから!…って、ずぶ濡れじゃないっ!?」
「あ、部長お久しぶりです。ちょっと手違いで湖に落ちてしまいまして。携帯もそれで壊れました」
「どんな手違い!?ついさっきまで一緒にいたのに何がお久しぶり!?あんたもうボケが始まったの!?とりあえず、誰かルナにタオルとかしてあげて!ルナ、とっとと袴に着替える!」
部長にがしがしと頭をふかれながら私はぼんやりする頭で考える。
そっか…。こっちの世界では時間はまったくたってないんだよね。確かにそんなことを陛下が言っていたような気がする。でも、その事実は私が夢を見ていたという考えを確証へ近付けた。
さっきまで陛下は私の傍にいてくれたのに。それは全て夢だったの?
陛下は、最初からどこにもいなかったの…?
「そんなの、嫌…」
「ルナ?顔色悪いけど、大丈夫?風邪ひいた?」
私は陛下と会って、優しい笑顔に惹かれて、好きになって…。今胸の中にあるこの気持ちが、全て夢でのことなんて信じられない。信じたくない。
でも……
「ルナ、ちょっとしっかりしなさい!ルナ!」
陛下は、どこにもいない。
気が付けば私は家の前にいた。横には顧問の先生がいて、どうやってここまで来たのかサッパリ覚えていない。家から出て来たお母さんの顔を見て懐かしさや安堵から泣いて、先生がお母さんについて何か説明しているのを見つめ、家に入りお風呂につかりご飯を食べて、そのまま布団に入った。
これが、本来の私の生活。
戻ってきた。わけが分からない異世界じゃない平凡な日々。
私が望んでいた日常。
なのに、涙が零れた。
夢の現実の狭間で
会いたい、と胸が張り裂けるように叫ぶ。