「声、ですか?」
そう言って目の前にいる可愛らしい少女は首を傾げた。この少女の名前はウルリーケと言うらしい。なんでもこの眞魔国の巫女なんだそうで。
どうして私がこの世界へやって来たのか。その原因を探るべくこの少女に会うために眞王廟へ行ったのはこの世界に来てまだ間もない頃。
この世界に来た時、何か違和感や不思議なことはありませんでしたか?と言う質問に面食らう。
「いや、その…全てに違和感があって全てが不思議だったんですけど…」
普通、湖に落ちてスタツア体験するとか思いませんって。
「まあ、そうだよな」
苦笑いを浮かべる陛下。その後ろでなんかムカつく笑顔を浮かべている猊下とそのまた後ろで護衛に徹しているウエラー卿とフォンクライスト卿。
スタツア以外に印象に残っていることと言ったら…。
「…ああ、声が聞こえました」
「声、ですか?」
首を傾げるウルリーケさんは猊下を見る。猊下はニヤけた笑顔をひっこめて神妙な表情を浮かべている。…なんだ、真剣な顔もできるんだ。
「どのような声でしたか?」
「えっと……」
記憶の糸を手繰り寄せる。
そう、呼ばれたのだ、私は。魂から響くように、魂を揺すぶられるように。
―こっちへ来い。
君の願いを叶えてやろう。
冷たい声。陛下と違い優しさのカケラもない声。あるのは憐れみ。
怖い、と思った。
その声を思い出し怖いという感情が溢れた。
「よく、覚えていません…」
気が付けば嘘の言葉を紡いでいた。
「そうですか…。眞王からのお言葉はありませんし…てがかりはゼロですね」
「彼にも困ったものだね」
そう言って肩を竦める猊下。なんなんですかあなたは。シンオウとか言う名前からしてなんか偉そうな人と友達だったりするんですか。
「お力になれず、申し訳ありません」
「いえ、そんな。気にしないでください。私は元の世界に戻れるならそれでいいです」
そりゃ、確かに私がここへ来た理由は気になったりするけど…でも、理由を知らなくても帰れるならそれでいい。
こんな世界から一秒でも早く出ていきたい。そう思っていたあの頃。
なのに、今。私はこの世界から出ていくことに寂しさを覚えていた。
眞王廟にある噴水の前に、私は制服を着て立っていた。荷物もばっちり。忘れ物はない…と思う。何回も確認したから大丈夫だよね、うん。
私の横には陛下がいて、目の前には見送りに来てくれた人々がいた。
「お前はよく働いてくれた。いろいろと助かった」
そう言ってくれたのは閣下。何気にこの人にはお世話になった。お土産に手作りのブタ鼻のウサちゃんのぬいぐるみをもらっちゃったしね。このいかつい顔に可愛い物好きというギャップを私は最後まで受け止めることが出来なかったけど。
「どうか、お元気で」
そう言ってくれたのはフォンクライスト卿。この人にも何かとお世話になったと思う。気の利くいい人だった。たまに陛下陛下うるさかったけど。
「陛下のこと、よろしくお願いします」
爽やか笑顔でそう言うのはウエラー卿。陛下とのことでいろいろとお世話になったと思う。…弱みを掴まれた気がするのは気のせい?
「いいか!僕はお前のことを認めた訳じゃないからな!」
そう喚くのはフォンビーレフェルト卿。別にわざわざあんたに認めてもらう必要なんてないもんね!
「まあ、今後もよろしくね」
そう言ったのは猊下。…そうだよ、この人もあっちの世界の住人なんだよ。正直もう会いたくないんですけど…。
「最後までお役に立てず、申し訳ありませんでした」
ウルリーケさんはずっと原因を捜してくれていたみたい。私のために、ありがとうございます。
アニシナさんはここにはいない。外せない大事な急用があるらしく…だから昨日、お別れはちゃんとすませてある。
この世界に来たことに後悔はない。むしろ、感謝している。
「皆さん。本当にありがとうございました」
そう、心から笑顔で言うことが出来る。
「…それじゃあルナ、行こっか」
「はい」
陛下の手を握り、私は噴水の中へと飛び込んだ。
行きと同じスタツアを体験。…なんか、シュールだよね、本当。
…視界が歪んだ。荒れ出す水。
驚いて陛下を見るとそこには戸惑った陛下の顔。猊下も難しそうな顔を浮かべている。
何?何なの?
荒れる水。それに耐え切れず、私と陛下の手は離れた。
「―――!!?」
声は水に飲み込まれ、伸ばす腕は虚しく、私の体は水に流されるまま…
いや、やめて。もう離れたくない。やめて…!!
「っ、陛下あぁぁあ!!」
私の願いは虚しく、陛下の姿は水に消された。
全ては偶然か必然か
さあ、後は君しだいだよ。
声が聞こえた。
行きで聞いた声と同じ声を。