欠けた月が満ちるように。
静かに、ゆっくりと、想いは満ちてきた。
「城の外に出てみない?」
この世界を去る思い出作りをしよう。そう言って陛下はそう私に話しをもちかけた。
断る理由もなかったし、興味もあったのですぐに頷いた。眞魔国に来て、初めて私は城の外へ出た。
「うわぁ〜、凄い!」
まるで西洋の映画を観ているみたい!色とりどりの髪や瞳は日本人である私にとって珍しいもので…城の中とはまた違う、賑やかな雰囲気に気分が上昇する。
思わずはしゃぐ私を見て陛下は申し訳なさそうな顔をする。
「もっと早くに誘っとくべきだったな。ごめんな、ルナ」
「そんな!陛下は忙しかったんですし…こうして連れて来てくださっただけで十分です」
私が笑うと陛下もつられるようにして笑った。
私は今、アニシナさんが用意してくれた水色ワンピースを着ている。青のチェックのが少し入っていて可愛いらしいデザインだ。長い黒髪は耳の下で二つにくくり、頭には白い花のコサージュがついた水色のボウシをかぶっている。
可愛いコーディネートで出かけると楽しい気分になる。アニシナさん、本当にありがとうございます。
陛下もいつもの学ランとは違う格好をなさっている。前にボタンがたくさんついた青い上着に深緑のズボン。頭には黒髪をほとんど覆う黄土色のベレー帽チックな帽子。
陛下はいわゆるお忍び、という奴で混乱をさけるために正体を隠さなければならない。不謹慎かもしれないけど、なんだか秘密な感じがワクワクする。
見る物見る物全てが新鮮で、私は面倒なことを一切忘れて街を楽しんだ。陛下の腕を掴んで引っ張るなんてこともしていた。
「あれは何?これは何?」と聞く私に陛下は優しく答えてくれた。変わった食べ物を一緒に食べたり、大道芸人を見たり…。
後ろでこっそりついて来ているウエラー卿さえ気にしなかったら本当に楽しかった。
夕日が傾き、私達は城下街が一瞥出来る丘へやって来た。
「うわぁ、綺麗!」
茜色に染まる世界。それはとても綺麗で…私は感動した。
「凄いなぁ」
「はい!」
私は横にいる陛下へ視線を向ける。
「陛下。今日は誘っていただき、本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
こんなふうに無邪気にはしゃいだのはいつぶりだろう?
「こちらこそ。楽しかったよ」
顔を見合わせて笑い合うとなんだかとても幸せな気分になった。
「…ルナはさ」
「はい」
「戸惑ったよね?いきなりこんな世界にやって来て」
少し困ったように陛下は眉を垂れた。
「そりゃ…戸惑いました」
「だよねー。俺も最初は焦ったもん。いきなりこの世界にやって来て、魔王だって言われて…」
陛下は懐かしそうに目を細める。
「でも、今はこの世界にこれてよかったと思ってる」
陛下はこの世界が大好きなんだろうな。でなきゃ、魔王なんてやってられないよね。
「…最初はなんで私がこんな所に来たんだろうっていつも自分を呪ってました」
怖くて、不安で眠れない日々が続いた。いつから私は夜、熟睡出来るようになったんだっけ?
「お城で働いて、アニシナさんと出会って、陛下と話したりお茶をしたりして…」
思い返すのは楽しいことばかり。今なら心から言える。
「私もこの世界に来れてよかったです」
私がそう言うと、陛下は嬉しそうに笑った。
トクン…
小さく鼓動が鳴る。
「ルナ」
陛下がふいに真剣な顔付きになった。
「…はい」
夕日に染まって茜色の顔をした陛下をジッと見つめる。
陛下の瞳、綺麗な漆黒だなぁ…。そう言えば、私の瞳は今蒼色だった。元の世界に戻ったらちゃんと黒色に戻るんだろうか?
そんなことを考えていると、陛下が静かに口を開いた。
「俺、ルナのことが好きだ」
茜色の告白
静かな衝撃が体を震わせた。