大好きな大好きなゆーちゃん。
あなたは今、どこにいますか…?
外交に出向かれた陛下とその取り巻き達。今回はとても大事な話し合いらしく、しばらく帰ってこれないと告げられた。
また、この外交が終われば陛下の仕事が一段落つくので私は元の世界に帰ることが出来るとも…。
「そうですか。それは残念です」
柳眉を垂らしてアニシナさんは言った。
「アニシナさんには本当にお世話になりました」
残念がってくれてることが本当に嬉しかった。アニシナさんに出会えた。それだけで私はここに来たことが報われたかもしれない。
最初はこの世界に来たことが嫌で堪らなかった。でも、ここで過ごした日々は充実していて…この世界とさようならすることがほんのり寂しいと思っている自分がいる。
「ルナ」
「はい」
「あなた、今悩んでいることがあるでしょう?」
「はい」
素直に頷く私を見てアニシナさんはおかしそうにくすくすと笑う。
「何について悩んでいるのですか?」
「…何について悩んでいるんでしょうね」
それが分からないから悩んでいるのかもしれない。
ゆーちゃんへの想いを胸に抱いてずっと生きてきた。ずっとずっと。
「私、男嫌いになった理由をアニシナさんにしか言ったことないんです」
どうして私は誰にも理由を言わなかったのか。中学時代の友人二人にあんなにせがまれたりしたのに…。
「…私、自分で分かってたんですよ。くだらない理由だって」
バカにされる。笑われる。それが嫌だった。私は一度も私には好きな人がいます、って誰かに胸を張って言ったことない。
「…ぐちゃぐちゃですよね……」
自分が分からない。支離滅裂で矛盾だらけ。
私はゆーちゃんが好き。多分、『恋』だと思う。でも…それは昔の話し。嫌いになったとか、忘れたとかじゃなくて、思い出になったんだ。
アニシナさんは静かに私の言葉に耳を傾けてくれている。それが安心できた。
「私の男嫌いって治るんでしょうか?」
ゆーちゃんを完璧に思い出と出来たら。治るのかもしれない。
………。ダメだ。うまく想像出来ない。というか男とにこにこ笑いあっている自分を想像したら寒気がする。
「別に無理して治す必要もないのでは?」
「そうですね」
アニシナさんの案にアッサリ頷く。…男嫌いだからこそ、不思議に思う。
「どうして私、陛下とは普通に話せたんでしょう…?」
「…特別、だったのではありませんか?」
特別…?陛下は優しい人。陛下のことを考えると胸が温かくなる。同時に、苦しくなる。誰にも感じたことのないこの気持ちをなんと呼ぶのか、私は知らない。
「…私、陛下のこと、どう思ってるんでしょう?」
私の問いにアニシナさんはくすっと優しい微を浮かべた。
「さあ?わたくしはルナではありませんから分かりません」
「でも、私も分からないんです」
「それは困りましたねぇ」
「はい」
アニシナさんはゆっくりとした動作で紅茶を飲み、カップを置いた。
「ルナは陛下のこと、好きですか?」
「………」
「好きか嫌いか。素直に答えてみてください」
私は黙りこくってしまった。陛下のことをゆっくりと思い出す。眞魔国に来て不安だらけだった私がこうやっていれるのは陛下がいたから。不安だった時、いつも陛下が助けてくれたから。
「…嫌いじゃ、ありません」
「なら、好きなのですか?」
「す…き……?」
私は陛下が好き?それはどういう意味で?それは『恋』?…分からない。
胸がむずむずする。頭がぼんやりして、なんだか不思議な気分。
アニシナさんは笑い、この話題をやめて自分の発明した作品の話題を持ち出した。
その話しは面白くてすぐに私は夢中になったけど、頭のどこかはぼんやりしたままだった。
日が上り、日が沈む。その繰り返し。
ゆるやかに時は流れていった。
主人のいない城はどこか活気がなくて、なんだか不思議だった。
日が上り、日が沈む。
そして…
夕日を背にしながら城の主人は帰って来た。
いつもと変わらない元気な姿を見てホッとした。出迎えた人々に笑顔を浮かべ、人込みの中私を見付け優しい笑顔を向けてくれた。
「ルナ!」
「…お帰りなさいませ、陛下」
覗く月
雲に覆われた夜空の隙間から、誰にも気付かれぬようにひっそりと月がその姿を見せた。