変わらぬ想いを抱いたまま、月日は過ぎ去った。あの日の決意は揺らがない。
ゆーちゃん以外の人を一番好きになってはいけない。だから私は男という存在を嫌いになった。私の一番になる可能性がある存在。私の決意を揺らがす存在。それらを全て拒絶した。
大きくなるにつれて、自分はなんてバカなんだろう。何度も何度もそう思った。でも、男嫌いを治すことなど出来なかった。
ゆーちゃんを…あの幼い日の自分を、裏切りたくなかった。
「私って根がもの凄く単純なんです」
私はため息交じりにそう言う。私の向かいに座り優雅に紅茶を飲みながらアニシナさんは笑った。
「よいではありませんか。一途なのは素敵だとわたくしは思いますよ?」
「…呆れていませんか?私の男嫌いの理由に」
「それほどまでに『ゆーちゃん』が好きだったのでしょ?なら良いではありませんか」
「でも…」
「でも、何ですか?」
問われて私は私に驚いた。『でも』なんなのだろう?私はなんて続けようとしたのだろう?
「ルナ。あなたは悩んでいるのですか?」
「悩んでいる…?」
「このままで本当にいいのかと。『ゆーちゃん』をずっと一番に想い男嫌いであり続けていいのかと」
「なっ…!?」
そんなはずがない!私はずっとゆうちゃんだけを…
「………」
「…何も、言えないのですね」
ゆーちゃんが好き。大好き。今までも、これからも。その想いに嘘はない。なのに…どうして言葉に出来ないのだろう?
「私は…」
視界が歪み、涙が零れる。
私はどうして泣いているの?
悲しいから?
どうして悲しいの?
悔しいから?
どうして悔しいの?
…分かっている。本当は分かっているの。幼いあの日のように、ゆーちゃんが心の中に存在しないということが。
ゆーちゃんを大好きと胸をはって言えない自分が悲しいの。
ゆーちゃんを大好きでいるという決意を裏切ることが悔しいの。
別にゆーちゃんが嫌いになったとかそういう訳じゃない。
ゆーちゃんが私の中で『思い出』となっているの。
それが、寂しい。
「ふぇ…」
「ルナ…」
アニシナさんは私の向かいから私の横に来て、私の手をギュッと握る。
「ルナ。あなたは人形ではありません。人間です。生きているのです。生きているものがそのままであり続けることは無理です。
想いが変わることは悪いことじゃありません。あたり前のことです。だから、気に病む必要などないのですよ?」
分かっています。分かっています、アニシナさん。
それでも私は…
「ゆーちゃんをずっと好きでいたかった…」
優しいあの子を、ずっと好きでいたかった。
「……っ」
そう言葉にしてから絶望的な気持ちになる。今、私は、なんて言った?
『ずっと好きでいたかった』
それじゃあ、まるで…
私がもうゆーちゃんのことが好きじゃないみたい……
「嘘だ…」
そんなこと…だって……
「ルナ」
アニシナさんの冷たい手が私の頬に触れる。アニシナさんの綺麗な空色の瞳に私の顔が映る。
自分で笑っちゃうぐらい、情けない顔をしていた。
「ルナ。もう逃げるのはおやめなさい。どうしてなのか。その理由はちゃんと分かっているはずです」
理由…?
そんなこと…
アニシナさんは微笑んだ。
「強くなりなさい、ルナ」
あの後、アニシナさんは私が落ち着くまで傍にいてくれた。
自室に続く廊下をトボトボと一人で歩く。頭の中ではいろんなことがグルグルと回っていた。
すると、向かいから陛下がやって来た。やばい、そう思ったけど身を隠す前に陛下に気付かれた。
「ルナ?どうしたんだ?」
私の顔を見て陛下は心配そうに眉を寄せる。私は今、悲惨な泣き顔をしているだろう。そんな顔を陛下に見られるなんて…
「…ちょっと、いろいろありまして」
あいまいな返事をするが、陛下はそれ以上追求しようとしなかった。
本当にお優しい方だ。
「ルナ。無理だけはするなよ?」
「…はい」
「よし」
陛下は満足気に頷き、それから首を傾げた。
「どうした?俺の顔をジッと見て…なんかついてる?」
「い、いえ!そんなことはございません!申し訳ありません」
無意識だった。無意識に陛下をジッと見ていた。
「疲れてる?」
「いえ…」
すっと陛下の顔が近付いた。コツンと額と額がくっつき合う。えっ?と思うと同時に額は離れた。
「熱は…ないな。…ってアレ!?ルナ顔真っ赤!?」
どう…して…?
顔が、熱い…
「熱あるのかっ!?ちょ、どうしよう!?ギ、ギーゼラ!ギーゼラはどこだっ!?」
女医の名前を叫び出した陛下。ダメ、このままじゃ人が来てしまう。熱なんてないのに…!
「陛下!私は平気ですっ!失礼しますっ!」
「へ?ちょ、ルナ!?」
私は陛下に背を向け一目散に走り出した。後ろから陛下の声が聞こえてくるけど無視する。
どうして私は走って逃げているのか。どうして顔がこんなに熱いのか。
ゆーちゃんのことやアニシナさんの言葉。それから陛下のことが頭の中をグルグルと回る。
不明解迷路
それなのに、その日はこの世界に来てから初めてぐっすりと眠ることができた。
誰よりも何よりも。
自分のことが一番分からない。