安心出来る笑顔があった。安心出来る手があった。安心出来る温もりがあった。
あの笑顔をもう一度見たい。あの手ともう一度手を繋ぎたい。あの温もりにもう一度触れたい。


それだけだよ。









「オイ女!足を止めろっ!」


その声の主を理解した私のこめかみがひきつる。いくら王子様だからって、『女』呼ばわりは失礼でしょうが。


不機嫌を隠さないまま振り返ると、わがままプーことフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが苛立ったような顔で私を睨んでいた。自分が不機嫌なのも忘れて思わず後退る。
なんでこの人こんなに怒ってるの?全力で関わりたくないんですけど…。


「その髪飾り…」
「髪飾り?これが何か?」


私は陛下からいただいた髪飾りを付けていた。何気なく頭の後ろに腕を回してにそれに触ると、フォンビーレフェルト卿は寄せていた眉をさらに寄せた。


「この前の遠征でユーリが買った奴だ」
「はぁ…。まぁ、陛下からいただいた物ですし…」


洗濯物を早く取り込みたくて、適当に相槌を打つとキッと睨まれる。


「ユーリはお前のために何分もかけて選んでいたっ!ぼくには何も買ってくれなかったのにっ!」


あ〜…キャンキャンとうるさい。私はこめかみを押さえる。


「フォンビーレフェルト卿は陛下と一緒に遠征へ行ったではないですか。お土産をもらう必要はないと思いますが?」
「ぼくとユーリは婚約者だぞっ!」


喚くわがままプーにだからどうしたと言いたくなる。


この世界では左頬を右手で平手打ちすると、それが求婚となるらしい。どんな風習ですか。はちゃめちゃ過ぎるよこの世界。いや、魔族とか魔王とかいる時点で普通を求めるのもおかしいと思うけど。


まだこの世界に来たばかりで無知だった陛下はフォンビーレフェルト卿に求婚してしまったらしい。あの穏やかな陛下が理由なしに人をぶつなんて考えられないから、このわがままプーが何か失礼なことでも言ったんだろう。


だからと言って陛下がまったく悪くないとは思わない。
男なら拳で殴れ。


「お前が来てからいつもそうだ!」
「はぁ…」


え、何が?と思いながら間抜けな相槌を打つ。


「お前を早く帰すために仕事をしなくちゃいけないだ、お前のいれてくれた紅茶はおいしいだ、お前に何をあげたら喜ぶだろうだ…。お前が来てからユーリはお前の話しばかりするっ!」


フォンビーレフェルト卿が忌ま忌まし気に私を睨む。それは顔が整っているためか凄みがあって腰がひけるものだったけど、それよりもフォンビーレフェルト卿の言葉が胸につっかかった。


陛下はそんなにも私のことを気にかけてくださってるの…?
カァと顔が熱くなる。
どうしよう…。なんだかすごく嬉しい。


「ぼくはお前が嫌いだ」


瞳に静かな怒りを込めてフォンビーレフェルト卿は言った。


「はぁ…ありがとうございます」
「何故そこで礼を言うっ!?」


何故って…
私はそこでお得意の作り笑顔を浮かべる。


「私もフォンビーレフェルト卿のこと嫌いですから。嫌ってくれてありがとうございます。これで心おきなく盛大に嫌いになれます」


フォンビーレフェルト卿は顔をひくひくとひきつらせた。王子様育ちだからこんなこと言われたことないんだろうな。はっ、ざまあみろ。


「そもそも、私は男と言う存在が嫌いですからね」
「…ユーリもか?」
「え?」
「ユーリのことも嫌いなのか?」


ジッとこっちを見つめる瞳。私はもちろんと言おうと口を開けた。


「……っ」


しかし、出来なかった。言おうとすると言葉が詰まる。何も言えなくなる。どうして?自分が分からない。


「…ぼくはお前が嫌いだ」


静かに再びその言葉を言って、フォンビーレフェルト卿は去って行った。


残された私はなんだかモヤモヤした。どうしてモヤモヤしているのか分からなくてそれがまたモヤモヤする。


「…洗濯物、取りに行かなくちゃ」





中庭へ行くと陛下がウエラー卿と二人でキャッチボールをしていた。


私に気が付いた陛下は「タイム!」とウエラー卿に言って私のもとに駆け寄って来る。その顔はとても嬉しそうだ。


「ルナ、その髪飾り使ってくれたんだ」
「はい」
「すっごく似合ってるよ」


ニッコリと笑う陛下。ドキンと胸が鳴る。


「…ありがとうございます」


また頬が熱くなる。胸が締め付けられて苦しくなる。
「じゃあね」と言って去って行く陛下の後ろ姿を見つめながら、胸に手を当てギュッと手の平を握りしめた。


陛下の笑顔を見ると、とても安心するのはどうしてだろう…?








重なる面影



そうか、似てるんだ。
陛下とあの子は。





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