ケガをして歩けなくなった私をあの子はおんぶしてくれた。
同じ背丈の私を一生懸命私を運んでくれた。
小さくて温かい背中の上は、ひどく安心出来た。
「…あれ、ルナ?」
ひょいっと顔を出した黒髪黒目の少年に私は拍子抜けした。
「へい…か……?」
「どうしたの、こんな所で?」
首を傾げる陛下を見ていると、緊張が一気にほどけた。
「うーうー」
再び聞こえた声に私はビクッと体を揺らす。
「モルギフ、うるさいぞ」
「うう〜」
「………」
持っている剣に向かって叱る陛下を見て私は呆気にとられた。
剣が、しゃべってる?
「あの、陛下。それは…?」
私が問うと陛下は「これ?」と言ってムンクの叫びみたいな剣の飾りを私に見せた。
「俺の剣。モルギフって言うんだ」
「うううっ」
「ひっ…!」
ムンクの顔が動き、思わず喉から悲鳴が出た。陛下は慌てて剣を自分の背後に隠す。
「ご、ごめん。普通は怖いよね」
申し訳なさそうに眉を垂れる陛下。私はやっと平静さを取り戻した。
「…剣ってしゃべるものなんですか?」
「いや…コイツは特別だから」
特別?首を傾げる私から陛下は気まずそうに目をそらした。
「…魔剣だから」
「…ああ」
そう言えばこの人魔王だった。なら持つ剣は当然魔剣となるだろう。
「コイツ女の子好きでさぁ…引っ張られるままに来たらルナがいてビックリしたよ。で、ルナはこんな所で何してるの?なんか、心なしかボロボロなんですけど…」
少しためらったすえ、ここに来たいきさつを話すと笑われた。くそー。
「ご、ごめん。笑ったら失礼だよね…くっ…」
「本当に失礼ですよ陛下」
なんかもの凄く悔しいんですけど。
「ごめんごめん。ルナってしっかりしているイメージがあったからさ」
「………」
男に理解されても嬉しくない。むしろ嫌。私のことなんて、知ってほしくない。
「…陛下はどうしてここに?」
私はわざとらしくないように話題を変えた。
「俺はコイツを取りに来たんだ。明日から二三日外交の仕事があって」
陛下は肩を竦める。…仕事、頑張ってなさるんだ。
「…お気をつけて行って下さい」
そう言うと陛下は嬉しそうに笑った。本当に嬉しそうで戸惑ってしまう。
「よかった」
「…何がですか?」
「最近ルナに避けられてたからさ、こうやって普通に話せるのが嬉しいよ」
「………」
陛下とフォンビーレフェルト卿が婚約者と知ってから生理的悪寒のため、陛下には関わらないでいた。そのことを気に病んでいられたなら申し訳ないことをしてしまった。
そう思ってからハッとなる。陛下が気に病んでいたからなんだ。私には関係ないじゃないか。
ずっとへたりこんだままだった私は痛い足を庇いながら立ち上がり服の埃をはらう。
「足、捻ったの?」
「はい…」
頷くと陛下が私の前で背中を向けてしゃがまれた。
「乗って」
「え…?」
…男に、おぶされろと?
「結構です!」
目一杯拒絶するが、陛下は頑として譲って下さらなかった。
「悪化したらどうするのさ」
「そんなたいしたものではないので」
「分からないだろ?用心にこしたことはない」
「でも…」
「ルナ」
「………」
私は恐る恐る陛下の背中に乗った。陛下は「よっ」と言って立ち上がる。
「重く…ないですか?」
「ぜーんぜん。これでも俺、結構鍛えてるんだよ」
うぅ…恥ずかしい。足を触られてるのが嫌。肩に手を置くのが嫌。胸が背中にあたるから嫌。
「ルナ。悪いけど、モルギフ持ってくれる?直には触らないで、危ないから。巻いてある布を持って」
「は、はい」
剣を受け取ると剣は嫌な声を発した。放り投げたい気にかけられるが必死に我慢する。
「とりあえず、ここから出て足を診てもらおっか」
「…はい」
陛下が歩くたびに目の前で黒髪が揺れる。男にしてはらしくない花の香りがする。
なんだか、ドキドキする。
「…っ、ルナ?」
無意識に私は陛下の首に抱き着いた。陛下が戸惑ったような声をあげたけど、返事をしなかった。
あの子の背中はこんなに広くなかったのに、何故だか懐かしい感じがした。
記憶の中の記憶
とくんとくん。
体が揺れるのに合わせて心臓が鳴る。