うちは一族は木の葉隠れの里にある小さな一族だ。その一族の一人として私は生まれた。忍として優秀な逸材を何人も出しているうちは一族。しかし、私は忍ではない。
忍だった父親は任務で命を落とした。女手一つで私を一生懸命育ててくれた母。忍になるより母を手伝い店を継ぐことが親孝行だと思い、私は忍にはならなかった。
我が家は茶葉売りの店。代々受け継いできた調合や漢方。一族の人はもちろん、さまざまな人が店に来てくれる。
私は母のもとで茶葉の調合を習い、知識を身につけていった。それは苦しいかったけど、充実していた。
母は優しくておおらかな人だったけど、厳しい人でもあった。私はそんな母に憧れその背中をずっと追い駆けていた。
そんな母が病気で亡くなったのは今から一年前のこと。私は一人で店に立ち、変わらぬ味を人々に与えている。





朝から土砂降りの日だった。道が川と仮してるほどの、そんな強い雨だった。空を覆う雲は暗くどんよりしており、誰もいない道は寂しげだった。


みんな家の中に引きこもっているんだろう。今日は誰もこないだろうと判断して店を閉めた。結果、久々の休みを私は手にすることが出来た。
しかし雨のため気分が鬱蒼としていた。外に買い物に行くことも出来ない。これといって何かする気も起こらず、しおりの挟んだ本を読んでいた。


ふと閉じていたカーテンの隙間から人影が見えた。気のせいかと思い確かめると確かにそこに誰かがいた。


叩くように降り注ぐ雨の中。傘もささず立ち尽くす私と似た歳の少年。


もしかしてお客さんかもしれない。慌てて私は本にしおりを挟み、一階の店へと行った。
近くでその人を見ると、お客さんではなくただそこに立っているだけなんだと分かった。
だが、俯き雨に打たれているその姿は弱々しく、無視することが出来なかった。傘をさしてその人に近付き声をかける。


「あの…」


声をかけると虚ろな瞳が私を見た。ひどく疲れたような表情だった。


「…傘、貸しましょうか?」


迷ったすえ言った私の言葉にその人は見事に無視した。「ほっといてくれ」そう言われた気がした。カチンときた。かまって欲しくないなら人の店の前に最初からいるな。
私から視線をそらし再び俯くその姿を見てなんとも言えないモヤモヤが胸中に浮かんできた。
ほっときたいけどほっとけない。お節介な自分が顔を出す。
私は男の腕を掴む。腕は驚くほど冷たかった。いったいいつから雨に打たれていたんだろう。
少し戸惑ったような瞳がこっちを見てくる。
私は無言で腕を引っ張り家の中へその男を連れ込んだ。突然のことに戸惑ったのだろう。抵抗はなかった。


「着替え、用意しとくからお風呂に入って」


男を無理矢理風呂場へ押し込み、とってあった父の服を脱衣所に置いた。それからお湯を沸かしお茶の準備をする。
しばらくすると着替えた男が出てきた。十分に温まったようで頬が赤い。血色がよくなり改めて見る整った顔立ちに思わずドキッとした。


勢いとは言え、年頃の娘が男を部屋に連れ込むのはダメだったかもしれない。母がいたら今頃グチグチ文句を言われていただろう。


「座って。お茶が入ったからどうぞ」


男は素直に座りお茶を飲んだ。血行をよくする茶葉で作った私のとっておきのお茶だ。平静を装いながら男の反応を待つ。


「うまい…」
「よかった」


ほっと安心したように微笑むと男は戸惑ったように身を強張らした。


「その…すまない。いろいろと世話になってしまい…」
「いいわよ。同じ一族の者同士なんだし」


そう言うと男は微かに笑って「ありがとう」と言った。私は照れ臭くなってそれをごまかすためにお茶を飲んだ。


「…あなた、名前は?」
「……うちはイタチ」


驚いた。この男があの有名なうちはイタチだったとは。
若くして優秀な忍、うちはイタチ。今では彼の存在はうちは一族の誇りでもあった。活躍は私もよく耳にしている。
そんな人がこんな雨の中傘もささずに…。私は無言でお茶を飲んだ。イタチも口を開こうとはしなかった。
しばらく違いに無言でいると驚いたことにイタチの方から話しかけてきた。


「家族の人は…?」


話題のチョイスは最低だった。私は肩を竦めてそれに答える。


「親はどっちも死んだの。だから私だけよ」


イタチは私を見た。驚いたことに、そこには私が大嫌いな哀れみの色はなかった。


「下の店は?」
「私一人で切り盛りしてるわ」
「…すごいな」
「あなたには負けるわよ」


心からの本音だった。私のしていることなんて『うちはイタチ』の活躍に比べたら全然だ。


「よくそこまで頑張れるわね。少しぐらいサボったら?」


するとイタチは目を見開いた。予想外の反応に私は戸惑う。何かおかしいこと言っただろうか?


「頑張り過ぎ…?」
「だってそうじゃない」
「………」


イタチは黙り込んだ。考え込んでいるように見える。


「任務、辛くないの?」
「辛い任務だって当然ある。だが、全ては里の安泰のためだ」
「…里のため、ねぇ……」


立派な心構えだと思う。思うけど…私は嫌だ。


「忍、やめたくなる時とかないの?」
「俺は一族の期待を背負っている。やめるなんてもっての他だ」


里のため。一族のため。…なら、あんた自身はどうなの?


「…ねぇ、どうして雨の中傘もささずに立っていたの?」
「………」


黙ってしまったイタチ。深く追求するつもりはないので、私は無言でお茶をついだ。私とイタチの間を湯気が漂う。


「…少し……疲れた」


ぽつりと呟かれた『うちはイタチ』の本音。


「俺は戦争を二度と起こしたくない。そのためなら何だってする」
「…うん」
「俺にはやらなくてはならないことがたくさんある。だが…」
「少し、頑張り過ぎちゃったんだよ」


イタチは揺れる瞳を私に向けた。私は優しい気持ちで笑顔を浮かべる。


「ありがとう。里を守ってくれて」


何かを堪えるかのように唇を噛み締めイタチは目をつむる。
この人は誰よりも里を愛し守ってきた人なんだ。優しい、優しい人。


「無理しなくていいのよ。疲れたらちゃんと休みなさい。しんどかったら誰かに話しを聞いてもらいなさい。辛かったら…」


お茶が冷めてきたため、湯気小さくなった。私とイタチの視線がしっかりと交わる。


「いつでもここにいらっしゃっい。おいしいお茶をいれてあげるから」


ややあってイタチは嬉しそうに頷いた。


「…あんたの名前、聞いていいいか?」
「アカネ。うちはアカネよ」







君の代わりに泣く空



それが、二人の始まり。





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