最近ずっと体調がすぐれない。吐き気がして食欲がない。精神的なものもあるかもしれないけど、それだけじゃないような気がする。


(…まさか、ね……)


夜、ベットに寝転がるが眠気がまったくない。体を起こし水を飲もうと台所へ向かう。
ふと窓を見ると煌々と輝く満月が夜を照らしていた。それば不気味なほど美しく、思わず自分の体を抱く。


「…静か」


人がたてる物音はおろか、風の音も虫の声もしない。まるで、世界から人がいなくなってしまったような…。


「…っ!?」


背後に風を感じて振り返る。


そこにいたのは…


全身を纏う黒い忍装束。
額で光木ノ葉額当て。
手には赤く濡れたクナイ。
感情のない顔と冷たい瞳。


私が誰よりも愛した人。


「イタチ…」


イタチの体が動く。
鋭い衝撃を感じた。


これが…
イタチの決断なんだね…。


私は、イタチに刺された。


涙で視界が滲む。訳の分からない感情が全身を駆け巡る。
クナイを抜かれ支えをなくした私はイタチに向かって倒れ寄りかかるような体制になった。


「みんな…殺したの…?うちはのみんなを…イタチが……」


無言。それは肯定を意味する。
やっと分かった。イタチが悩み苦しんでいたことが。


「これが、任務なんだね…」


うちは一族を滅ぼすこと。それがイタチの任務。そしてイタチはそれを実行した。


「イタ…チ……」


意識が途絶えようとする。痛みが言葉を紡がせない。でも、言わなきゃ。
イタチは感情のない瞳で私を見下ろしている。


イタチ、あんたは自分を憎めと言った。恨めと言った。
でも、私は…それでも……


「愛してる」


イタチの瞳が大きく揺れた。


「愛してる、イタチ。ずっとずっと…」


あんたは憎まれることを望んでいるのかも知れない。でも、私は、憎んだりしない。


「イタチ…悲しい時や、辛い、時は……私を…思い出して……」


私はイタチの幸せになりたい。


「私は、イタチを…愛し、てる、から……。だから…」


だから、ねぇ。


「一人じゃないよ…?」


私がいる。
イタチには私がいる。


「これから進む道が、どれだけ、ごほっ、…どれだけ辛くても……この夜がどれだけ、イタチを苦しめても……」


どうか、どうか、お願いだから。


「私を忘れ、ないで…」


傍にいるよ。
心だけは必ず傍にいる。


力を振り絞り私は微笑む。
私はイタチの中で綺麗でいたいから。


「愛してる…忘れないで……私が、イタチを、っ…イタチを……」


私は多分ひどいことを言っている。私を殺したことを忘れるなとイタチに言っているのだ。なんて、ひどい。今イタチを憎んで罵ればイタチの心は幾分か救われる。
でも…でもね、それは悲しい。それはすごく悲しい。イタチは悲しみに包まれてしまう。
それなら私はどれだけイタチを苦しめる存在になろうとも、イタチを優しさで包みたい。イタチの涙を拭ってやりたい。


「愛してる。イタチ、愛してる。ずっと、ずっとよ」


イタチの頬に涙がつたう。
初めて見たイタチの涙。
綺麗だね。
やっと見れた。やっとイタチは泣けた。満足だよ。…無念は一つあるけど。鉛のような腕をあげお腹に手をあてる。


私は微笑み混沌へと堕ちてゆく。
愛した人の腕の中で。


最期に感じたのは頬に落ちた暖かい涙の温度だった。





















「ねえ、『空知らぬ雨』って知ってる?」
「なんだ、それは?」
「空が知らない雨。つまり、涙のこと」
「へぇ…」
「私、これを知った時すごく感動したの。綺麗じゃない?」
「そうだな」
「…イタチは泣かないよね」
「アカネはすぐ泣くな」
「悪かったわね」
「褒めてるんだぞ?」
「……イタチが泣きたくても泣けない時は、多分空が泣いているんだね」
「雨が降るってことか?」
「うん。…イタチは空見たい」
「空…?」
「うん。青空を見ても、星空を見ても、暁空、茜空を見ても私はイタチを思う。雨が降っている時はイタチが泣いているように見える」
「…おかしなやつだな」
「うん、自分でも思う。…ねえ、イタチ」
「ん?」
「大好き」
「…俺もだよ」







空知らぬ雨



あなたが流す涙は悲しいほど優しく、苦しいほど温かかった。
どうか、あなたが逝く時は笑っていけますように。




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