風を感じて目が覚めた。体を起こすとそこには暗い人影。寝ぼけた頭が一瞬にして覚める。影は動かない。黙ってこっちを見ている。影が誰なのか眠気が失せた頭では分かっていた。


「…イタチ?どうしたの?」


影は動かない。
…嫌な予感がした。


「イタチ、泣いてるの?」


影は小さく震えた。
ベッドから出て暗闇にだいぶ慣れた目でゆっくりとイタチに近付く。
ひんやりとしたその頬に触れる。頬は濡れてなどいない。でも、イタチの心は泣いている。
イタチは動かない。
私はどうすればいいのか分からなくて、イタチの体を抱きしめる。イタチの腕は私の背中に回らない。


私は分かってしまった。
イタチは覚悟を決めたんだ。


私はイタチの任務について全然知らない。イタチは一人で悩んで苦しんで、決めたんだ。
涙が溢れた。


「……バカ」


イタチの胸を力無い拳で叩く。何度も、何度も。悔しくてたまらない。私はイタチの何の力にもなれない。イタチは私を頼ってくれない。分かっていることなのに、その現実が辛い。


苦しん、寂しい、悔しい。


「もう、私はいらない?」


びくっとイタチが大きく体を震わせる。


「イタチにとって私はもう必要ない?」


もし、本当にそうだとしても。


「私はイタチの傍にいたいよ…?」


愛したい。愛されたい。傍にいたい。傍にいてほしい。
ああ、なんて私は惨めな女なんだろう。


腕を離して、笑ってイタチに「さようなら」を言わなくちゃ。重い女になりたくない。イタチの中に綺麗に残りたい。
頭では思っているのに、心と体が動かない。動きたくない。


「アカネ…」


イタチが私の名前を呼ぶ。感情の汲み取れない声で。…イタチの心はもう私の傍にない。


なら…


腕を離して、笑ってイタチに言わなくちゃ。イタチの中の私が綺麗であるように。


「さようなら、イタチ」


物分かりのいい女だと思ってそのまま立ち去って、お願いだから。胸が裂けそうなほど溢れ出す醜い感情に気付く前に。私がそれを爆発しない前に。


なのに…


「っ…」


ぐいっと腕を引っ張られ抱きしめられる。


「イタ…チ……」


戸惑いながらも私はイタチを抱きしめかえす。乱暴な口づけ。私を押し倒し覆いかさばるイタチ。その顔は苦渋に溢れている。私は、それがたまらなく嬉しかった。
イタチは私を捨てなければならない。理由は知らない。でも、それは任務のことに間違いない。でも、イタチは私を求めている。それが、嬉しい。


イタチの頬に手を当て、私は微笑む。そして、目をつむる。
目尻にたまった涙が、床に流れ落ちた。








目を開けるとイタチはもういなかった。温もりももうない。
残っているのは頭を撫でられた感触と耳元に囁かれた吐息の感覚だけ。


イタチはもう、ここには来ない。


「ふぇ……」


膝を抱えて一人部屋で涙を流す。涙を拭ってくれる人は、もういない。







そして…


イタチの親友であったシスイさんが死に、その容疑がイタチにかかり、うちは一族全体に不穏な空気が流れ…


満月の夜がやってきた。








陽炎に向かい獣が吠えた



眠りに落ちる寸前の現の中でイタチが私に囁く。


「アカネ。俺を憎め、恨め。お前にはその権利があるのだから」


私は何も言えないまま、眠りに落ちた。




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