「朝食、ですか?」
「あぁ。頼めるか?」
少しためらった末、陽菜は頷いた。
ある朝、風邪をひいた食堂のおばちゃんの代わりに陽菜に近藤は朝食作りを任せた。家事を全て完璧にこなす陽菜のことだから料理も出来るだろう。誰もがそう思っていた。
朝稽古が終わり食堂へ行くと、そこにあったのは、
黒く渦巻く何かだった…。
「この炭の固まりは何?」
「魚です」
「この黒くてぐつぐつしてる奴は…暗黒汁?」
「それは味噌汁です」
「この黒くてパサパサした奴ってもしかして…」
「白米です」
『………………』
沈黙した一同。沖田がポツリと呟く。
「俺ァ、てっきり暗黒術でもしてるんかと思いやした」
スパンッ!
沖田の頭を近藤がシバいた。しかしそれは陽菜の耳に届いていたらしく、陽菜は肩をすぼめる。
「すいません…。私、料理ってしたことなくて…」
俯きながら細々と言う陽菜を見て、お茶はあんなに上手に入れられるのにどうして料理はこれなんだと土方は疑問に思った。
どーすんだよ、これ…。
そんな感じの雰囲気が食堂に流れ始める。
土方は自分の分にマヨネーズをぶっかけ食べる体制に入る。この時誰もが味覚オンチのこの人が羨ましいと思った。
「…よ、よし!せっかく陽菜が作ってくれたんだ!食べるか!」
近藤が明るく言うと、マジでッ!?と隊士達は顔をひきつらす。しかし席に座る近藤を見て、ビクビクしながらそれにならう。
「ま、まぁ料理は見た目じゃないからな」
「そ、そうだよな。意外にめっちゃ美味しかったり」
掠れた声で笑い互いを励ましあう。味なんて見ただけで分かる。が、覚悟を決め隊士達は箸を握る。
『いただきまーす!!』
パクッ
『もぐもぐ』と言う物を噛む音は一つも聞こえなかった。口に入れたその瞬間、隊士達は気絶したのだった…。
「…姐御の料理と並ぶ腕前の奴がいたんですねィ」
一人、食べなかった沖田がボソッと言った。
土方だけが平然とマヨネーズだらけのそれを食べていた。
綺麗に干された洗濯物に関心しながら、休憩がてらぼんやりと中庭を見ている土方の視界に中庭の隅でうずくまっている陽菜が入った。
土方は陽菜に近寄り声をかける。
「何してんだ?」
ビクッと体を震わせ陽菜は慌てて手で顔を拭った。
「な、何でもありませんっ」
立ち上がり土方に向けて頭を下げる。
「仕事をサボって申し訳ありません」
「いや、別にいい。…何で泣いてんだ?」
問われ、陽菜は小さく体を震わす。
「失敗してしまって…」
「失敗?今朝のことか?あんなこと気にするな」
「でもっ!」
バッと顔を上げ、土方と目が合った陽菜は苦しげに顔を歪める。
「皆さんにご迷惑が…」
「なんてことねェ。あれぐらいで気絶するアイツらの鍛え方が足りねェんだ」
俺を見習え、と無理なことを土方は平然と言う。陽菜はもう一度ごめんなさい、と言った。
「お役に立てなくて、ごめんなさい…」
ごめんなさいと、何度も繰り返す怯えたようなその声に土方は眉を寄せた。陽菜は怯えているのだ。自分の失敗に腹を立てられ、ここから追い出されることに。土方はこの少女の心をボロボロにした奴らを内心で毒舌いた。奴らは陽菜を何度も殴り陽菜は謝り続けたんだろう。
誰も怒っていないしこの程度のことで陽菜を追い出すつもりもない。しかし、今の陽菜に何を言ってもそれを信じるようには思えなかった。
細い肩。小さな手。
守りたい。そう、思った。
ぽんっ、と土方は陽菜の頭に手を置いた。ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。宥めるように、優しく頭を撫でる。そのたびに陽菜の胸の中にあった不安や恐怖が薄れていく。
陽菜が顔をあげるとそこには少し困ったような土方の顔があった。目が合うと、土方は優しく目を細める。
とくんっ…。
胸が小さく鳴った。きゅうと苦しくなり陽菜は俯く。
気がつけばさっきまでの押し潰されそうな不安は消えていた。
「陽菜、これあげるよ!」
「俺はこれ!」
「これももらってくれ!」
差し出された物は料理本。陽菜は首を傾げる。
「これは…?」
「この本見て練習して、また作ってよ!」
「え…?」
その言葉はすごく意外だった。胸の奥が熱くなる。陽菜は料理本らを受け取り、ギュッと抱きしめた。
「ありがとう、ございます」
お礼を言われた隊士達は照れ臭そうに笑う。
「陽菜!俺からはこれをあげよう!」
意気揚々と近藤が持って来たのは、フリルがたくさんついた白いエプロンだった。
「可愛いだろ?」
近藤が誇らしげにそれを持っている。エプロンを持っているゴリラ。正直異様な光景だ。
「って、そのエプロン局長の趣味丸出しじゃないですか!陽菜に局長の趣味を押し付けないでくださいよ!」
「何か文句があるのか!?」
ぎゃーぎゃーと騒がしくなったその場。陽菜はあれだけ不安がっていた自分がおかしく思えてきて笑った。
土方を盗み見る。山崎と話している土方が陽菜の視線に気付くことはなかった。かあぁ、と顔を赤くして陽菜は自分の頭を押さえた。
動き出した鼓動
頭を撫でられた温もりが、今も離れないのです。