江戸の平和を守るために存在している真選組。だが実際は野蛮な連中としていい噂はあまりない。その原因の一つが荒れ放題の屯所だった。
女中を雇うという話しも何度かあがったが密偵が紛れ込む場合を危惧して採用されることはなかった。
料理は隊士の健康や栄養管理をきちんとしなければならないので上司である松平片栗虎から専用の料理人を手配されているが、洗濯、掃除などは当番制で行われている。
しっかりと割り当てられた仕事をする者も中にはいるのだが汚くても死なないという者が多く、掃除をしなかったり洗濯せずに同じ隊服をずっと着ている者もいる。
よって、屯所内は汚れ悪臭を放つ状態になり隊士達はほとほと困っていた。





「すげェ…」


ピカピカに輝く廊下を見て隊士達は感動した。
廊下だけではない。窓や柱も輝いている。山積みで腐臭を放っていた洗濯物は綺麗に中庭に干され、散らかっていたゴミは全て消え、散乱していた物は綺麗に片付けられていた。


「これ、全部あの子がやったのか?」
「一週間や二週間でこんだけ変わるものなんだな…」
「やべ、俺泣きそう」
「生きてる心地しなかったもんな…」
「今までゴキブリの気分だった…」
「人間に戻った気分だ」


隊士達は皆、目頭を押さえる。


「やっぱり女の手は必要だよなぁ」
「綺麗なるし、あといろんな所に花が飾ってあったりしてなんか和む」
「トイレにも置いてあるじゃんか?気の利く子だよな」
「最初はふざけんなって思ったけどあの子本当にいい子だよな」
「前髪で顔よく見えねェけど、笑ったら可愛いし」
「あんないい子を殴るなんてありえねェよ」
「でもさ、まだやっぱり疑っちゃうよな〜」


一人が漏らした呟きに陽菜を誉めていた者達は顔をしかめ見合わせた。


「…まあ、なぁ……」
「沖田隊長、もしあの子が密偵だった場合斬り捨てるとか言っていたらしいけど本当なのかな?」
「一番あの子に絡んでるの沖田隊長だしなぁ。あと山崎さん。局長はすっかり気に入っちゃって…」
「お前達何言ってんだよ」


一人が呆れたような表情を浮かべながらため息をついた。


「あの子が密偵だった場合、斬るかどうか最終的に決めるのはあの鬼の副長だぜ?あの人が真選組の不穏分子を野放しにしとくわけないじゃねぇか」


それを聞いた隊士達は一様に納得した。


「…でもさ、あの子を連れて来たのは副長だろ?」
「そこが謎なんだよなぁ…」
「副長、宣言通りあの子の世話してるしな」
「…まあ、鬼の副長の心中なんて考えても分かんねぇしよ、とりあえず綺麗な場所で寝れて綺麗な隊服着れるんだからいいじゃねぇか」
「…そうだな!」
「あ、そういえばこの前…」


別の話題に変え話し込む隊士達は柱の影で沖田が話しをきいていることに気がつかなかった。まだまだ未熟な隊士達を後からしごくか、と決めてから沖田は足音一つたてずにその場を後にした。








自室で書類に目をやっていた土方は部屋の外に人の気配を感じ手を止めた。


「土方さん、陽菜です。お茶をお持ちしました」
「…あぁ、入れ」
「失礼します」


陽菜が部屋へ入ると土方が関心したように陽菜を見た。


「気が利くな」


こうやってお茶を持って来てもらうなんて初めてだ。陽菜が差し出した湯飲みを土方は受け取りすする。…うまい。


「ここには慣れたか?」
「はい。…皆さん、すっごく良くしてくれます」


首を傾げてにっこりと陽菜は嬉しそうに笑う。首を傾げるのは陽菜が笑う時の癖のようだ。土方は冷静に観察する。


「不安なことがあったら俺に言えばいい」
「はい。ありがとうございます」


長い前髪と左目の眼帯で顔は半分隠れてよく見えないが、その表情が屯所が来た時と比べて緩んでいることが分かる。慣れてきた、という言葉に偽りはないようだ。
「後からさげに来ますから部屋の外に湯飲みを出しといてください」そう言い陽菜は土方の仕事の邪魔にならぬうちに、と退散しようとする。


「あれ、沖田さん?」


部屋の入口に沖田が立っていた。土方は黙ってお茶を飲む。


「よお、陽菜。後から俺にも茶入れてくれやすか?」
「分かりました」


陽菜は礼儀正しく二人に挨拶をしてから出て行った。その後ろ姿をしばらく見つめてから沖田は部屋へ入り障子を閉める。


「陽菜もだいぶここに慣れてきたようですねィ」
「ああ」
「隊士達も陽菜をだんだん受け入れてようですぜィ。よかったですねェ」
「そうか」
「陽菜を連れて来た当の本人である土方さんは陽菜に見張りを付けているていうのにねェ」
「………」


土方は湯飲みをお盆の上に置き沖田を見た。瞳孔の開いた鋭い眼差しに射ぬかれても沖田は少しも動じることはない。


「山崎からの報告に何か不審な点でもありましたかィ?」
「…いや、ない」


山崎からの報告書では陽菜は家事に徹していてむしろその働きっぷりに頭が下がる勢いだ。内通している様子もなく、あまり自由に行動してはいけないという意識もあるらしく、外へ出るのは通院の時のみ。むしろ近藤からの誘いを自主的に断っていたりする。


「少し息抜きさせてやったらどうですかィ?」
「…お前が他人を気遣うとは珍しいな」
「何言ってんでィ。俺は土方さんと違って優しい人間なんでいつでも人を気遣ってまさァ」
「どの口が物言ってんだよ」


土方はため息をつき立ち上がる。襖を開けると、中庭を挟んだ廊下で陽菜が忙しそうに洗濯物を運んでいた。名前を呼ぶと陽菜は立ち止まりこっちを見る。


「後からタバコとマヨネーズ買って来てくれ」


陽菜は瞬きを数回してから、首を傾げて笑った。








それは花が咲くような笑顔で



「陽菜、ついでに焼きそばパンもお願いしまさァ。もちろん土方さんのお金で」
「テメッ、総悟!」



 

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