「副長、アンタ何を考えているんだ!攘夷浪士の屋敷にいた人間を屯所に住まわせるなんて…」
「しかも攘夷浪士の姪だと言うじゃないか。他の奴らと繋がっている可能性もある」


次々に上がる反対の意見を土方は黙って聞いていた。


今夜、真選組は攘夷浪士の屋敷に夜襲をかけた。攘夷浪士が集まって話し合いをすると言う情報を事前に得たのだ。慌てふためく者達を容赦なく斬り捨て、血の海となった屋敷。後始末の準備に入った時だった。
真選組副長である土方が一人の少女を連れて来た。そのうえ屯所に住まわせると言い出したのだ。急遽局長、副長、隊長達が集まり会議が開かれた。


「局長!局長もあの娘をここに住まわせる気なんですか!?」
「ああ。女子供を斬るなどそんな後味の悪いことをするわけにはいかん」


当然のように答える近藤に隊長達は唸る。局長と副長が決定していることに反論することは許されない。だからと言って納得出来る訳がない。


「あの娘がもし裏切ったらどうするつもりですか!」
「そうですよ!」


隊長達の反対の意見を土方は表情の読めない無表情で。近藤は苦笑いで聞いていた。





陽菜は障子ごしからその会話を聞いていた。


「ごめんね。本当は皆いい奴なんだけど…」


山崎と名乗った隊士が申し訳なさそうな表情で陽菜に言う。


「謝らないで下さい。皆さんが言っていることは正しいです。病院に連れて行ってもらえて…それだけで感謝しきれないぐらいです」


陽菜は山崎に連れられ怪我の治療のために病院に行っていた。
屯所に戻って来たことを報告しようとしたのだが、入りにくい会話の内容のため部屋の外に二人はいる。


スパンッ――


突然障子が開いた。


驚く陽菜と山崎の前には蜂蜜色の髪をした少年が口元に微を浮かべて立っていた。


「山崎。帰って来たんならとっとと入りなせェ」
「す、すいません」


促されて陽菜と山崎は部屋の中へ入る。隊長達が気まずそうな顔をして陽菜から目をそらした。
陽菜は近藤と土方の前に正座をし、深く頭を下げる。


「怪我の治療をしていただき、ありがとうございます」


近藤は苦笑し、顔をあげてくれと言った。言われた通り陽菜が顔を上げると近藤は心配そうに眉をたれた。


「左目…大丈夫なのか?」


陽菜の左目には眼帯がしてあった。


「大丈夫です。少し時間はかかるけど治るとお医者様に言われました」


そう言うと、近藤は安心したように笑った。こんなふうに気にかけてもらえることを、嬉しく思う。今から自分が言おうとしていることに罪悪感を覚えた。
息を吐き、自分を落ち着かせる。陽菜は毅然とした態度で前に座る近藤と土方を見据えた。


「正直に申し上げます。あの屋敷で使用人として働いていた私には提供出来るような攘夷浪士の情報は持っておりません。皆様にとっては生かしておいても厄介な存在でしかないでしょう。しかし、私は死ぬわけにはいかないのです。もし、私を殺すと言うのならば私はここから逃げ出します。恩をあだで返す形となることをお許しください」


沈黙が落ちた。陽菜は二人から視線を外さない。


沈黙をやぶったのは近藤だった。


「ぶっはははははっ!」


豪快に笑いだした近藤。それにつられて隊長達も皆笑い出す。土方は呆れたような表情を浮かべた。


「あ、あの…」
「いやいや、すまんすまん。まさかバカ正直にそこまで言うとは思わなくてな!」
「……はぁ…」


陽菜は戸惑わずにはいられなかった。いったいなんだというのだ。


「逃げる、だなんて簡単に言ってくれますねェ。真選組もナメられたもんでさァ」
「だが、気に入った。トシが君を連れて来た理由が分かったよ」
「土方さんは物好きですからねェ」
「総悟、そりゃどういう意味だコラ」


土方は顔をしかめたが声色にあまり険はなかった。土方は真っ直ぐに陽菜を見つめる。綺麗な瞳だな、と陽菜は思った。そこには迷いなどなく、ただ前に突き進む強い意思があった。もし、あの時差し出された手の主が土方でなければ陽菜はその手をとることはしなかっただろう。


「お前は死ねないと言ったな」
「…はい」
「なら話しは早ェ。お前を生かす。俺がここにいる奴ら全員を納得させてお前をここに住まわせる。もちろん住むかわりに働いてもらうがな。衣食住は心配ねェ。身の安全も保証する。お前が何かした場合は全て俺が責任をとる」


淡々と言う土方に陽菜も隊長達も言葉を失った。


「お前を連れて来たのは俺だ。俺が責任とんのはあたりまえだろーが」


何か文句あるか?と土方は隊長達を見渡した。誰かが反論の声をあげるより先に明るい声が響いた。


「いいんじゃないですかィ?」
「っ、沖田隊長までいったい何を…!」


沖田はしかたがないとでも言うかのように肩を竦めて土方を見る。


「土方さんが俺達に土下座して泣きながら頼んでんでィ。国産最高級の牛肉腹一杯食わしてくれるらしいし、いいじゃないですかィ」
「してねェし泣いてねェし言ってねェよッ!!」


土方は全力でつっこむが沖田は綺麗にそれを無視する。


「それに、女手が欲しいのは事実ですしねェ」


それを言われると隊長達は何も言えなくなる。今、屯所内は荒れ放題なのだ。汚い屯所に隊士達は毎日ため息をついている。


「身元が分からねェやつを雇うよりは身元が知れて身寄りがないコイツを雇った方が楽じゃねェですかィ。妙な行動をするようだったら斬ればいい。どうせ攘夷浪士の娘なんでィ」


沖田の容赦ない言葉に近藤は声をあげようとするが、土方がそれを止める。


「それなら…まぁ、いいんじゃねェの?」


沖田の言葉は隊長達を納得させたらしい。一人が言えば「そうだな」といくつもの賛同の声があがる。


「と、言う訳で決定だな。何か言いたいことはあるか?」


土方は陽菜に問う。裏切ればすぐ斬る。それでもお前はいいのか、と。この場においてなお陽菜の意志を聞こうとしてくれる。優しい人だな、と陽菜は静かに笑う。
陽菜は生きたい。精一杯、救われた命を大切にして生きていきたい。
目を閉じ心を落ち着かせ、陽菜は深々と頭を下げた。


「どうぞ、よろしくお願いします」


陽菜の言葉に土方は満足そうに笑い、近藤は陽菜に向かってにっこり笑いかけた。


「陽菜。ようこそ、真選組へ!」







蝶、誘う夜



生きのびることができる。
その事実に安心し、陽菜は安堵の息をつくのだった。





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