清々しい青空の下。ゆるやかな風に吹かれ、干した洗濯物が揺れる。今日は洗濯物が早く乾きそうだ。


「ふんっ、ふんっ」


一生懸命素振りをする山崎の姿が見えた。本当にバトミントンが好きなんだなぁと思いながら見ていると目が合った。


「陽菜」


山崎が素振りを止めて陽菜に笑顔を向ける。


「邪魔をしてごめんなさい」
「そんなこと全然ないよ。あ、よかったら陽菜も一緒にならやい?」


陽菜は申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「ごめんなさい。今から買い物に行かなくちゃいけないんです」
「そっかぁ…。それじゃあ、またの機会に」
「はい」


風に吹かれ葉っぱが擦れ合う。さわさわ、さわさわ。優しい音を奏でる。





スーパーで買い物を終え、屯所に向かって歩いていると万事屋の三人が向かい側から歩いて来た。


「陽菜!」


神楽が陽菜に抱き着いて来た。その反動をなんとか陽菜は受け止める。


「陽菜、久しぶりアル!最近来ないから寂しかったアルよ」「ごめんなさい。いろいろ合って…」


少し困ったように笑う陽菜を銀時はジッと見た。


「陽菜ちゃん。なんかあった?」


雰囲気がこの前会った時と変わった気がするんだけど。銀時の問いに陽菜は曖昧に笑うだけで答えなかった。


「陽菜さん。また万事屋の方に来て下さいね」
「そうアル」
「うん。ありがとう、新八君。神楽ちゃん。…坂田さんも」


銀時は陽菜の瞳を見た。その瞳は「心配してくれてありがとう」と語っている。


「また今度行かせてもらいますね」


万事屋の面々に挨拶をして陽菜は屯所へ向かった。
今度万事屋に行く時に何を持って行こう。そんなことを考えながら。





屯所へ帰るとやけにご機嫌な近藤が陽菜を待っていた。


「陽菜!どうだ、綺麗だろ?」


近藤が陽菜に見せたそれは鮮やかな刺繍がされた桃色の着物だった。


「うわぁ…綺麗…」
「だろだろ?陽菜に似合うと思ってな」
「え?」
「ぜひ着てくれよ」


温かい近藤の笑顔に陽菜はこそばゆい気持ちになる。


「ありがとうございます、近藤さん」
「陽菜は俺の大事な娘だからな!」


ごつごつしたの手で近藤は陽菜の頭を撫でる。それが、ひどく心地よかった。





渇いた洗濯物を取り込んでいると縁側で昼寝をしている沖田の姿を発見した。


「沖田さん。起きて下さい」
「ん…。あぁ、陽菜ですかィ」


アイマスクを上げて沖田は眠そうな瞳で陽菜を見た。


「仕事はいいんですか?」
「平気でさァ。全部土方さんに押し付けてきやしたから」
「………」


沖田はアイマスクを再びかけた。まだ寝るつもりらしい。気持ち良さそうに寝ている沖田を見ているとこっちまで眠くなってきそうだ。


「………」


しばらく自分の中で葛藤したが、誘惑に負けてしまい陽菜は沖田の横に寝転がった。
ゆっくりと過ぎる穏やかな午後の時間が陽菜は好きだった。





「土方さん。陽菜です。お茶をお持ちしました」
「…入れ」


元気のない声に首を傾げながら入ると案の定、疲れた顔をした土方の姿があった。


「お疲れのようですね…」
「あぁ…。ただでさえ仕事がたまってるって言うのに総悟のヤローのせいで…」


陽菜は苦笑する。お茶を渡すと土方はそれを飲み、息をついた。


「お前、本当茶入れるの上手いよな」
「ありがとうございます」


照れたように笑った陽菜だが、その顔はすぐに影をおびた。


「健一様も、私の入れるお茶はおいしいといつも誉めて下さりました」


陽菜は目を細め、ぽつりと呟いた。無類の酒好きで、酒以外のものはあまり飲まなかった人だったが、陽菜の入れるお茶は飲んでくれた。


…あの晩、健一は陽菜を庇って死んだ。首謀者である高杉は逃げ出し、結局捕まえることが出来なかった。


お茶を飲み干し、茶飲みを器に置いてから土方はゆっくりと口を開く。


「…これでよかったのか?」


何がですか?と陽菜は聞かなかった。ただ、土方の瞳を見てしっかりと頷いた。


「………」


土方は黙って陽菜の肩を抱き寄せる。陽菜は土方の胸に頭を預ける。


「…土方さん」
「なんだ?」
「私、土方さんのことが好きです」


陽菜は土方の胸から頭を離し土方の瞳を下から見つめる。その顔は痛みを堪えるかのように苦しげだった。


「でも、健一様のことを忘れることなど出来ません」


ずっと傍にいてくれた人。
ずっと傍にいたいと想った人。


どれだけ土方を想っても、心の中から健一の存在を消すことなど陽菜には出来ない。


「陽菜…」


陽菜は土方としっかり向き合おうとしているのだ。土方とずっと一緒にいたいから。
なら土方もしっかりと陽菜と向き合わなければならない。


「陽菜。…俺にもずっと忘れられない奴がいる」


陽菜は驚いたように目を見開いた。


「俺はアイツの幸せを願って、アイツを突き放した。アイツを傷付けたとしてもそれがアイツのためだと思ったからだ。そのままアイツは逝っちまった」


土方は陽菜から目をそらさない。陽菜も土方から目をそらさない。


「俺はアイツを忘れられねェ。…忘れるつもりもねェ」


これが土方の正直な気持ちだった。
陽菜は言葉が上手く見付からなかった。だから代わりに土方を抱きしめた。


「私のこと…好きですか?」
「…ああ」


土方は陽菜を抱きしめ返す。


「俺は陽菜が好きだ。ずっと傍にいたい」
「…私もです」


この腕の中にいられるなら、それだけで幸せだから。


「あなたが傍にいてくれるなら私はそれだけでいいです」
「…俺もだ」


陽菜の心の中には健一がいて、土方の心の中にはミツバがいる。
互いに互いの心の中を満たすことは出来ない。


それでも。


互いを想っている気持ちは本当だから。


だから…


アナタのずっと傍にいたい。












「土方さん、朝でさァ。とっとと起きなせィ。10秒以内に起きないとバズーカ放ちますゼ?十、九、八、一。発射、」
「今のおかしいだろオイ!」
「ちっ、起きやがった」


バズーカ放つ前に起きた土方に沖田は舌打ちをする。「あーつまんねェ」と言って沖田は去って行った。
土方はため息をつき、ふと顔を上げる。すると少し離れた場所でバズーカを構えた沖田がいた。沖田がニタッと笑ったと思うと同時に閃光が走った。





「あれ?沖田さん、土方さんはどこですか?」
「土方のヤローはまだ寝てやがりまさァ。まったくダメダメなヤローでィ」
「本当にお二人は仲がよろしいんですね」


陽菜がくすくすと笑うと、沖田は顔をしかめる。


「やめてくだせェ」


げんなりしたように言って沖田は去って行った。


「あのヤロー…」
「あ、土方さん。おはようございます」
「ああ」
「…なんで焦げているんですか?」
「……いろいろあったんだよ」


土方はタバコに火をつける。


「腹減った。メシ食いに行くぞ」
「はい」


陽菜は元気に返事をして微笑んだ。


いつも変わらない日々。
掃除をして洗濯をして、買い物に行く。友達と遊んで、沖田と昼寝をして、山崎とバトミントンをして、近藤に頭を撫でてもらう。夜は土方を精一杯愛する。


健一様。私、ここにいて、生きていて良かったと思えるの。
私、幸せです。
あなたのお陰で。
あなたが最期に私に言ってくれた言葉を、私は忘れない。





…陽菜、生きろ
 生きて幸せになれ











闇の中の蝶



暗闇をずっと漂っていた蝶は、やっと自分の居場所を見付けた。





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