「ここか…」


海と回りの倉庫を一層できる場所に真選組はいた。山崎が報告する。


「この倉庫一帯が全て奴らの基地です」
「…よし」


準備はすでに整っている。


「構えろ!」


土方の号令で隊士達はバズーカを構える。


「放てェェエ!!」


ドゴォーン!!!!


火柱が幾つも立ち、穴だらけになる倉庫から雪崩のように湧き出て来る剣を持った浪士達。


「おーおーおー。うじゃうじゃと出てきやがった」


土方が頬を吊り上げて極悪人顔負けの微笑みを浮かべる。何の騒ぎだと慌てていた浪士達は闇の中に溶け込むようにいる黒い隊服に気付いた。


「し、真選組だァァア!!」


剣を抜き構える武士達に土方は剣先を向け叫ぶ。


「ご用改めだァ!テメェら全員お縄につきやがれェ!」


雄叫びと共に駆ける真選組。それを迎え撃つ攘夷浪士。


「野郎共!やっちまえェェエ!!」









「晋助様。真選組です」
「分かってる」


この騒ぎを聞けば誰でも分かる。高杉は慌てた様子を見せず、突然の襲撃にも高杉は落ち着いていた。


「ククッ…さぁて、何人死ぬかな?」


そのまがまがしさを感じさせる微を見て女はため息をついた。高杉はここ数ヶ月で攘夷浪士を集めた。その理由は、能のない攘夷浪士達を真選組に廃除させることと、真選組の戦力を減らすこと。
そのためにあえて真選組にこの場所を感知させたのだ。全ては高杉の思惑通りに動いている。


「…神名健一はどうなさるおつもりですか?」


女が問うと高杉はおかしそうに女を見た。


「アイツを特別扱いする必要があるのか?」
「…いえ」
「まぁ、アイツの父親よりはマシだがな。だがアイツは攘夷浪士に向いてない。使えない奴がどうなろうと知ったことじゃねェ」


高杉はキセルを吸い、煙りを吐く。その姿が心底どうでもいいと語っている。


「…神名健一が連れて来た女はどうします?」
「真選組の好きにさせな」


高杉は喉を鳴らして笑う。


「土方十四郎が愛した女に裏切られ、苦しんだ末どうするのか見物だな」


愉快そうに笑う高杉を女は見つめた。この人にとって人とはただの暇潰しの道具でしかないのだろう。


「では、私は晋助様の脱出の手段を踏んできます」
「ああ」


頭を下げ、高杉に背を向け歩きながら女は思った。私はあの方にとって何か価値がある存在なのだろうか…?









「たく、キリがねェ!」


攘夷浪士を斬り捨てながら土方は悪態をついた。相手が多過ぎる。いつの間にこんなに集めやがった!こっちにも負傷者はすでに何人か出ている。


「クソがっ!」


雑魚ばかりが出て来て無駄に戦力を減らそうとしているようにしか思えない。


(それともこっちの体力をなくならせてそこを叩くつもりか?)


何にせよ、土方は一刻も早くこの場を突き進んで行きたかった。今すぐにでも駆け出したい。だが自分は副長でこの場を指揮する役目がある。


「土方さん、何やってんでィ」
「総悟…」


攘夷浪士を斬り捨てながら沖田が土方に言った。


「ここは任せて早く行きなせェ」


躊躇う土方の方を向いて沖田はニッと笑う。周りの仲間達も沖田と同じような顔をしていた。


「…すまねェ」
「何言ってんでィ。それがアンタの役目じゃないですかィ」
「…ああ」


土方は駆け出した。愛しい少女を捜すために。


倉庫内を闇雲に捜す土方の前に一人の女が現れた。土方は刀を抜くが、女は微動しなかった。


「何をしに来たの?」


女が土方に問う。殺気が一切感じられなかったので、土方は女に向けていた刀をおろした。


「…大切なモノを取り返しにだ」


土方が迷いない瞳で言うと、女は淡く微笑んだ。


「そう…。アナタの大切なモノは地下にいるわ」


女が地下に続く階段の方を向いたので、促され土方もそっちを向いた。再び土方が女の方に目をやると、そこにはもう誰もいなかった。


そう言えば陽菜を初めて見付けたあの夜もこんな夜だった。
駆けながら土方は月の綺麗だったいつかの夜を思い出す。あの時と同じだ。高鳴る鼓動を落ち着かせてから、土方は地下の一室の扉をはゆっくりと開けた。


そこには、何よりも愛しい少女がいた。









大きく鼓動が鳴った。見慣れた黒い制服。鼻孔をくすぐるタバコの臭い。闇に覆われ顔を見ることは出来ないが、誰なのかすぐに分かった。
ずっと傍にいたのだから。


「土方…さん…」
「陽菜」


二人の視線が交じり合う。先に目をそらしたのは陽菜の方だった。
高い位置にある窓から入って来た月明かりが二人を照らす。


「陽菜、どうして神名健一のもとへ行った?」


問う土方。陽菜はゆっくりと口を開いた。


「私の居場所は、健一様のお傍だけだったんです」
「真選組にお前の居場所はなかったって言いてェのか?」


苛立ったような、悲しそうな土方の声に陽菜は肩を震わす。頷くと土方は「ふざけるな」と言った。


「お前は真選組の仲間だ。アイツらはお前を大切に思っている。お前を取り戻すためにここまでやって来た」


陽菜は唇を噛み締める。
本当は分かっている。陽菜の居場所は確かにあった。
それでも、陽菜はこれ以上健一傷付けるようなマネをしたくなかった。例え自分が傷付いたとしても。


全てを捨てて健一を選んだ。健一の傍にいることを望んだ。健一は自分は愛されているのだと感じたはずだ。健一を愛して守る。それが陽菜の生きる理由だ。
だから今、土方を求めてはいけない。そのたくましい腕で抱きしめて欲しいなど、望んではいけない。愛しいだなんて、想いたくない。
幸せなんていらない。健一の幸せがあればいい。健一を守れる強さがあればいい。


「陽菜」


土方の優しい声音につられるように顔を上げると唇に温かい感触を感じた。
陽菜は土方に口づけをされた。


「土方さ…」


いったん離れた唇をまた塞がれる。


「ん…」


抱きしめられ、唇を離すことが出来ない。抵抗していた陽菜は、気が付けば抵抗を止め土方に全てを預けていた。
長い口づけが終わり、熱い息が互いの顔にかかる。


「土方…さん…」
「俺は神名健一のことなんか知らねェよ。ただ、お前が欲しい」


土方の真っすぐな瞳が陽菜と瞳と重なる。


「俺のモノになれ。俺の傍にいろ。俺には、お前が必要だ。お前のことは俺が守ってやるから」
「っ……」


陽菜の頬を涙がつたった。瞬きをしていないのに次から次へと涙が頬をつたう。


健一を守っていく。それが陽菜の生きる理由だった。
でも、本当は、他の誰かを守ることが出来るほど陽菜は強くなかった。
本当はずっと誰かに守って欲しかった。優しさで包んで欲しかった。誰かに強く愛されたかった。


「…どうして土方さんは、私をそんなに必要としてくれるんですか?」


土方は微笑み、あたり前のように言う。


「お前が好きだからだ」


涙がとめどなく溢れてくる。どうしてこの人は一番欲しかった言葉を簡単に言ってくれるのだ。裏切ったのに、それでも陽菜を求めてくれる。


「…好き…好き」


あの夜、あなたと初めて会ったあの時から。あなたの強い瞳を見た時から。私はずっと、あなたが好きでした。
あなたの傍いたい。あなたと幸せになりたい。


「好きです…ずっと傍に…ずっと…」


土方は陽菜を強く抱きしめる。
どうしてこの温もりから離れようとしたのだんだろう。この腕の中は何よりも安心出来る場所なのに。
健一を失うことが怖い。でも今は、この温もりから離れることが何よりも怖い。


「行くぞ、陽菜」
「…はい」


差し出された手を、陽菜は握る。この暗闇から抜け出すために。








欲しかったモノは



死ぬ理由でも、生きる理由でもなく、幸せをあたえてくれる手だった。





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