それは、月の綺麗な夜だった。


人里から少し離れた場所にひっそりとある家族が住んでいた。不思議な雰囲気を纏う男に、美しい男の妻。そして幼い娘。家族は静かに、穏やかに日々を幸せに暮らしていた。


そんなある日、一通の手紙が届いた。それは男の父親が亡くなったという手紙だった。男は家は代々続く攘夷浪士の長男であり跡継ぎであった。しかし、男は愛した女と一緒になるために家を捨てた。
自分はもうあの家となんら関係ない存在だが父親は父親だ。せめて父親と最期の挨拶をしたい。夫の申し出を妻は了承し、娘を連れ三人で葬式に参加した。
葬式に参加した三人を快く出迎える者はいなかった。向けられる敵意ばかりの視線に娘は怯えた。なかでも、男の弟である者の視線が一番険しかった。


夜が更けたが、泊まることはせず暗い夜道を三人で歩いた。
いつもは寝ているはずの時間に起きていることが嬉しくて娘は上機嫌で右手に父の手を、左手には母の手を繋ぎ、月の光だけを頼りに森の中の畦道を歩いた。


娘が屋敷で出会った同じ年頃の少年の話しをしている時、当然目の前に一人の男が現れた。
母親は慌てて娘を抱きかかえ、父親は妻と娘を守るように立ち鋭い眼差しで男を睨み付ける。
男の手が動くと同時に父親は持っていた荷物を男に向かって投げ付けた。「走れ!」叫ぶように父親は言い、母親は娘を抱き上げて走り出す。
抱きかかえられた娘は母親の肩ごしに見てしまった。


銀色の刃が父親の体を走る瞬間を…。


大量の血を流し倒れ伏す父親に一瞥もくれぬまま娘と母親を追いかける男。
すぐに男に追いつかれ母親は足を斬りつけられた。走っていた勢いのまま地面に倒れる。娘は背中を強く打ちつけた。
母親は娘を庇うように覆いかぶさる。母親の荒い呼吸が娘の頬を掠める。
母親の口が動いた時、娘は月に照らされまばゆい銀色に煌めく刃を視界に収めた。
男は唇の端を吊り上げて笑い、刃を落とした。





あなたは生きて。
生きて、幸せになって。
それだけをお母さんとお父さんは願っているから。
私達の大切なたった一人の娘。
陽菜…






大切な父親と母親を失った後、娘は母親の遺言を胸に刻み生き続けた。





しかし、それも今日で終わりだ。


銀色に輝く刃。
夜の闇に溶け込む黒い服。


真選組。


その単語が陽菜の脳裏をよぎった。攘夷浪士である叔父を殺しに来たのだろうか?


一夜にして両親を亡くした陽菜は父親の弟…陽菜にとって叔父にあたる者の所へ引き取られた。
両親を失った悲しみにひたる間もなく、陽菜の辛い日々が始まった。
叔父は兄である陽菜の父親を憎んでいた。その憎しみを叔父は陽菜にぶつけた。叔父の妻である女もまた、陽菜を嫌った。
気に食わないことがあるとすぐにぶたれた。顔にはいつも怪我があり、生傷が絶えることはない。
だがそんな日々ももう終わりなのだ。あの夜生き残った幼い娘は目の前にいる真選組の男に殺される。


「女か?」
「…はい」


男はゆっくりと近付いて来た。暗がりのせいで顔が分からない。


「若いな」


それは男も同じはずだが、声で分かったのだろう。男は刀の先を陽菜へ向けた。


「恨むなよ。…まあ、無理な話しだろうが」
「…ええ、私はあなたを恨むでしょう」


男の動きが止まる。


「私は、死ねない。死ぬわけにはいけない」


暗がりで見えない相手に向かって慄然と陽菜は言い放つ。


雲に隠れていた月が顔を出し、闇夜を照らす。
真選組の男の顔を見ることが出来た。短い黒髪に黒い瞳。銀色に煌めく刃は血で汚れている。


男の方も陽菜の顔を見ることが出来た。そして目を見開く。
陽菜の肌は驚くほど白く、唇は切れ、額や頬にはぶたれた痕が。左目は腫れてほぼ閉じていた。身にまとう着物はくたびれていて若い娘が着るようなものではない。


「お前、その顔…この屋敷の者にやられたのか?」


頷くと男は顔を歪めた。


「どうしてここにいたんだ」


そんなふうにボロボロになっても、何故ここにいた。…そんなの決まっている。


「他に居場所がなかったからです」


どんなにボロボロになっても、陽菜は死ぬわけにはいけなかった。生きていくための居場所が必要だった。


「生きたいじゃなしに死ねない、か?」


男は問う。
陽菜は頷く。


「…なら、来い」


男が陽菜に向かって手を差し延べる。陽菜は驚き目を見開いた。
男の真っ直ぐに自分を見つめる瞳を見て、恐る恐るその手に手を重ねた。
手が握られた。温もりが、人のあたたかい温もりが伝わってくる。


腕をひかれ陽菜は立ち上がり、一歩を踏み出した。







月夜の出会い





暗闇から出たそこは、月の光がさす場所だった。



  


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