陽菜は土方の部屋の襖の前で深呼吸をする。大きく息を吸い、息を吐く。大きく息を吸い、息を吐く。大きく息を吸い…


ピシャッ―…


「さっきから何やってんだ?」
「っっ…!」


部屋から出て来た土方を見た瞬間陽菜は顔を真っ赤にした。その反応を見て土方も頬をわずかに赤く染める。しばし無言で見つめ合う二人。耐え切れなくなって目をそらしたのは陽菜の方だった。


「あああの、沖田さんに頼まれて買い物に行くのですが土方さんも何か必要な物がありますか…?」
「あ、ああ。わざわざ悪ィな。ちょうどタバコが少なくなってきてたところだ。頼めるか?」
「はいっ」


返事をすると同時に土方と目が合う。陽菜はカアァと顔をさらに赤くし、「い、いってきます!」と早口に言い小走りに去って行った。
その背中を見ながら顔が赤い土方は「あ〜、くそっ」と頭をかく。…背後に殺気を感じた。


「っ!?」


振り返るとそこにはバズーカを構えた沖田が立っていた。


「何してんだお前は!?」
「いやァ、二人を見ていたらすごくイライラしてきやしてねィ。あんたら中二かよ、みたいな?見ているこっちが恥ずかしい、みたいな?とりあえずムカつくから土方さん死んでくれますかィ?」
「バカ言ってんじゃねぇよテメェ!」
「俺はいつでも本気でさァ」
「なお悪いわぁぁあ!!」









脳裏に焼き付いて離れない優しい瞳、頬に触れた手、熱を帯びた声。


『傍にいて俺の手で幸せにしてやりてェ。俺の横で笑っていてほしい』


思い出すたびに体が熱くなり、頭の中が土方一色になる。あれは自分に向かって言われた言葉ではない。そう思おうとしても、優しい瞳に映っているのは自分だった。自惚れるな、そう言い聞かせてももう止められなかった。


「ど、どうすればいいと思いますかお妙さん!」


買い物の帰り、陽菜は妙のもとへ相談に訪れた。話しを聞いた妙は楽しそうに笑っている。


「どうすれば、って言われても困るわ。私は陽菜さん…なんか他人行儀だから陽菜ちゃんって呼ぶわね?陽菜ちゃんの気持ちを知らないし」
「うっ…」


頬を赤らめて俯く陽菜。


「私は…。土方さんが、好きです……」


語尾がだんだん小さくなりながらも陽菜は言った。妙はふふっと笑う。


「で、土方さんも陽菜ちゃんのことが好きなのね?」
「い、いえ!そんなことは…!…そうだったらいいなぁ、とは思いますけど……」
「でも、大切にされてるんでしょ?」
「…はい」


陽菜は笑って頷く。そのことに間違いはない。土方は逞しいその腕でいつも陽菜を守ってくれる。


「…なら、平気よ。陽菜ちゃん、今自分がどんな顔をしているか分かる?」
「え?」
「私でもどきりとしちゃうほど可愛い笑顔だわ。そんな笑顔を向けられたら誰だって陽菜ちゃんのことを好きになっちゃうわ」


カアァと熱くなる頬を陽菜は押さえる。


「土方さんも、でしょうか?」
「ええ」
「…だったらいいな」


今の関係で充分満ち足りているのにこれ以上を望んでしまう自分が少し怖い。それを言うと妙はにっこり綺麗に笑った。


「土方さんに他に女の影がないなら慌てなくてもいいんじゃないかしら?二人のペースでやっていけば、それで」
「そう、ですね…。ありがとうございます、お妙さん」
「いいのよ。…ね、二人はどうやって出会ったの?なりそめは?陽菜ちゃんは土方さんのどこに惹かれたの?」
「ええっと…」


好奇心いっぱいに聞いてくる妙に戸惑いながら陽菜は言葉を選ぶ。


「詳しいことは言えませんが、土方さんは私の命の恩人なんです。私が真選組で過ごすことになり私が馴染めるようにいろいろ気遣かってくれて…」
「陽菜ちゃん、もしかして一目惚れだったの?」
「え…?」


言われてから陽菜はあの夜のことを思い返す。鋭い瞳。触れた温もり。陽菜を立ち上がられさ強い力。


「…そうかも、しれません」


恋をした。強くて優しいあの人に。何もかも忘れてあの人の傍にいられたらどれだけ幸せだろう。あの人は守ってくれる。私が傷付く前に守ってくれる。


あの夜以前のことを、屋敷で過ごしていた日々を、陽菜は忘れたい。忘れなければ今の日々が壊れてしまう。壊したくない。やっと知った恋心を失いたくない。
だから、忘れさせてください。









太陽が傾きかけた頃。
銀時は公園のベンチに座りながらジャンプを読んでいた。神楽は定春と追いかけっこをして遊んでいる。
銀時がふと顔を上げると買い物袋を持った陽菜が視界に入った。声をかけようと立ち上がった銀時だが、陽菜にふと違和感を覚える。


陽菜はある一点をジッと見つめていた。視線を辿るとそこには黒い蝶々がいた。揚羽蝶だろうか?
ヒラヒラ飛ぶ揚羽蝶。陽菜は蝶々に近付き手を伸ばす。違和感の正体が分からずジッと見ていた銀時は次の瞬間目を見開いた。
陽菜が揚羽蝶を握り潰したのだ。


陽菜の手から落とされる揚羽蝶だったモノ。バラバラになったそれを見つめる陽菜の顔に一切の表情はなかった。


銀時はやっと違和感の原因が分かった。陽菜が纏う空気がいつもと全然違うのだ。
いつもの温かい笑顔を浮かべた優しい雰囲気ではなく、今の陽菜は無表情で張り詰めた雰囲気を纏っている。


「おーい、陽菜〜!何してるアルカ?」


神楽に名前を呼ばれ陽菜の纏う空気がいつも通りのものに変わる。


「神楽さんっ!」
「陽菜も一緒に遊ぶネ!」


神楽に呼ばれて、駆けて行く陽菜はいつもの陽菜だ。
銀時は自分は何か幻覚か何かを見たのかと思った。だが、揚羽蝶の死骸はそこにある。
何だか、とても嫌な予感がした。










進む日常のその先



『今』を守りたい一心の陽菜は、大切なモノが崩れる音を聞きながら目を背けた。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -