「何だコレ…」
中庭に干されたたくさんの洗濯物に土方がボソッと呟いた。沖田が肩を竦める。
「久々に朝から晴れたもんですから陽菜が張り切って干したんでさァ」
「張り切りすぎだろ…。何も見えねェじゃねーか」
「今度いつ晴れるか分からないからって言ってやした」
「確かに最近雨が続いたからな…。で、その陽菜はどこへ行ったんだ?」
「姐さんのところへ着物を返しに行くって言っていやしたゼ」
昨夜陽菜が万事屋のところへ電話をしていたことを思い出し土方は納得した。
「…そういや近藤さんの姿も見えねぇが?」
「いつも通り姐さんのストーカーしに行きやした」
「………」
土方はこめかみを押さえる。副長である土方の一番重要な仕事は局長の尻拭いをすることだ。近藤のストーカー行為もその一つである。
出かける準備をしようとした土方の視界の端に黒いものが入った。
「なんだアレ?」
「何ですかィ?」
沖田は土方の指差す方を見る。
「黒い…蝶々?」
「揚羽蝶ですかねィ?」
そこにあったのは揚羽蝶の死骸。
「どうしてこんなものが…?」
玄関のチャイムが鳴る。
「だから金はねェつってんだろーがこのクソババアッ!!」
勢いよくドアを開けて叫ぶとそこにいたのはババアでもなく、猫耳ブスでもなく、絶世の美少女だった。
「えっと…陽菜…ちゃん…?」
「は、はい…」
陽菜の顔は怯えてひきつっており、銀時は慌てた。
「ちょ、違うからね?陽菜ちゃんのことじゃないからね?勘違いしちゃっただけだからね?」
銀時が必死に言い訳をしていると、
「陽菜に何してるアルかこのクソ天パ!」
「がふっ!」
神楽の蹴りが銀時の背中に見事にきまった。
「まったく。油断も隙もとはこーゆーことを言うネ」
銀時を踏み付けながら神楽は仁王立ちになる。
「か、神楽さん!坂田さん動かないんですけど…」
「気にすることないアル」
新八が奥からひょこっと顔を出す。
「あ、陽菜さん。すいません、わざわざ来ていただいて」
「いえ、こっちこそごめんなさい。…あの、坂田さんが……」
別にいいですよと新八は笑い、銀時を踏み付けて玄関へ出る。その時銀時が「ぐうぇ」と呻いたが気にしない。
「それじゃあ行きますか」
「そうアルね」
「え、あの…」
「さ、陽菜。行くアル。定春おいで」
「ワン!」
「それじゃあ銀さん。行って来ますね」
「え、坂田さん大丈夫なんですか?動かないんですけど大丈夫なんですか?」
パタン。
戸惑う陽菜の腕を神楽が引っ張り、新八がドアを閉めた無情な音が部屋に響いた。
「どうもありがとうございました。これは心ばかりのお礼です」
「まぁ、わざわざご親切にありがとう」
妙は人のよい笑顔を浮かべて着物とお礼の物を受け取った。
「あら、ハーゲンダッツ!」
「はい。お妙さんの大好物だと伺ったので。あとこれを預かって来ました」
陽菜が差し出した白い封筒を妙は受け取る。
「何かしら?」
「近藤さんからお妙さんへ恋文です」
ぐしゃッ。ボッ。
恋文は開かれることなく潰されどこからか取り出されたライターで燃やされた。沖田さんが言っていた通りの反応だと陽菜は感心する。
新八と神楽は定春の散歩に出かけたため今はいない。二人は縁側に腰掛けながらハーゲンダッツを食べる。
「陽菜さん。十八歳って聞いたんだけど?」
「はい。そうです」
「私と同じ歳なのね。困っていることや悩んでいることがあったら言ってね。歳が近いと相談に乗りやすいと思うし」
妙の優しさに陽菜は笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「あと…」
妙は陽菜にズイッと顔を近付ける。
「私とも友達になってくれたら嬉しいわ」
ニッコリ笑う妙。陽菜は嬉しそうにはにかむ。
「はいっ!」
二人は笑い合った。
「さすがお妙さん!女神のような優しさです!」
「………」
「………」
聞き慣れた声が聞こえた瞬間、陽菜は妙の背後に渦巻く黒い何かを見て無意識に腰を後ろに下げた。
声の主は真選組局長、近藤勲。電柱に張り付いたその姿は変態以外の何者でもない。
妙は家の中へ入り、槍を持って戻って来た。
「死ねゴリラァァアア!!」
けたたましく投げたそれを近藤は慌てて回避し、屋敷の敷地内に着地する。その瞬間妙の鉄拳が近藤の頬に減り込んだ。吹き飛ぶ近藤。容赦なく次の拳を入れる妙。
陽菜は唖然とその光景を見ていた。
「…遅かったか」
「っ、土方さん!」
タバコを食わえながら屋敷内に入って来た土方は繰り広げられる惨状に頭をかいた。念のため言っておくが土方はちゃんとチャイムを押している。返事はないが声が聞こえるため中へ入って来た次第であり、一重に不法侵入というわけではない。
陽菜はやけに落ち着いた土方に駆け寄りその隊服を掴む。
「ひ、土方さん!お妙さんを止めてください!近藤さんが死んじゃいます!お妙さんさっきまであんなに優しい人だったのにどうしていきなり豹変しちゃったんですか!?」
「あ〜…。大丈夫だ。近藤さんは慣れているから」
「慣れてる!?」
「…あれが二人の愛情表現なんだよ」
多分、と土方は心の中で付け足した。当然ながら陽菜は納得できなかった。しかし止めようにもどうしようもなく、土方の後ろに隠れ二人から目を背けた。
小さな子供がする甘えるような仕種に土方は口元を緩めて笑い陽菜の頭をぽんぽんと叩く。
「…土方さんはどんな愛情表現なんですか?」
「……なんだよ、薮から棒に」
なんとなくです、と言いながら陽菜はその答えを瞳で問う。土方はそんな陽菜をじっと見て、口を開く。
「俺はそいつの傍にいてずっと守ってやりてェ」
土方の手が陽菜の頬にそえられる。
「傍にいて俺の手で幸せにしてやりてェ。俺の横で笑っていてほしい」
「……っ」
全身が沸騰したように熱くなるのを陽菜は感じた。土方から目がそらせない。優しい瞳。そこに映る自分。
「お前は?」
「わ、私ですか?私は…」
月の夜の暗殺者。
消えた刀。
笑う少年。
揚羽蝶。
写真を見るように脳裏に浮かんでは消える記憶。
陽菜は俯き、奥歯を噛み締め溢れる感情をぐっと堪える。
「……分かりま、せん」
お願い、忘れて忘れさせて思い出したくない。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。
「……あ…」
ふわっ、と頭を撫でられる。顔をあげるとそこには安心させるように不器用に微笑む土方の顔。
その優しさが嬉しくて苦しくて、泣きそうになりながら陽菜は笑った。
心が想いを叫ぶ
「おい、近藤さん。そろそろかえ……。近藤さんっ!?」
「陽菜さん、ぜひまた来てね?」
「は、はい…」
「近藤さぁぁあんっ!!」