「山崎。頼みてぇことが…」


山崎の部屋の襖を開けた土方は固まった。くわえていたタバコがぽとっと落ちる。そこには、はだけた着物を着ている陽菜と着物の帯を持っている山崎がいた。
陽菜はキョトンとし、山崎は顔をひきつらせる。土方は刀を抜き山崎に斬りかかる!


「山崎ィィィイ!!!!」
「ちょ、副長、誤解!ッ、うぎャァァァア!!!!」








「着付けだァ?」
「そうですよ」


大きなたんこぶを作った山崎は陽菜の帯を結びながら頷いた。


叔父の家で暮らしている時、陽菜はボロの着物などしか着たことがなく、帯を結んだことなどなかった。当然着方も知らない。なので屯所に来た当初は山崎が陽菜の着付けをしてやっていた。しばらくたつとやり方を覚え自分でやっていたのだがたまに困る時があり山崎のもとへやって来るのだ。


「新しい帯を近藤さんがくれたのでつけようとしたんですが、硬くて上手く出来なくて…」


そう言う陽菜は恥ずかしそうだ。土方は陽菜が作った料理を思い出す。


「手先が不器用なのか?」
「…かもしれません」


悔しそうな陽菜の様子に土方は笑う。陽菜はむうっと頬を膨らませた。


「よし、出来た」


菖蒲の刺繍が背中に咲いた。
次に山崎は陽菜を座らせ、陽菜の髪を櫛ですくう。


「陽菜、今日はどの髪飾りにする?」


出てきたたくさんの髪飾りに土方は驚く。


「いつのまにこんなに集めたんだ?」
「皆さんがくれるんです。こんなに貰って、なんだか申し訳なくて…」


陽菜の表情が沈む。山崎はその頭をぽんっと叩いた。


「何言ってるのさ、陽菜。皆、陽菜に喜んで欲しいだけなんだから」
「でも…」
「でもじゃないよ」


やんわりと山崎が言う。


「陽菜が『ありがとう』って言ったら皆嬉しそうな顔しただろ?」


その時を思い出した陽菜は頬を緩めてコクンと頷く。


「陽菜が受け取ってくれて皆嬉しかったんだよ」
「…そうなんですか?」
「そうなの。陽菜が髪飾りを使ってくれたらもっと喜ぶと思うよ」


山崎がにっこり笑う。それにつられて陽菜も笑う。


「山崎さん、私、今日はこの髪飾りにする」
「了解、お姫様」


その言い回しにくすくすっと陽菜は笑った。


「よし、出来た。似合ってるよ、陽菜。ね、土方さん」
「あ、ああ」


誉められた陽菜ははにかむ。


「ありがとうございます。土方さん、山崎さんにお話しがあったんですよね?お邪魔してごめんなさい」


失礼しますと言って陽菜は部屋から出て行った。


「お待たせしてすいません、副長」
「いや…」


物言いたそうな土方の瞳に山崎は首を傾げる。


「何ですか?」
「…慣れたものだな」
「陽菜のことですか?」


土方はタバコに火をつけ返事をしなかった。だがそれは肯定の意味だと山崎には分かった。
照れ隠しかな?そう思うとなんだかおかしかった。


「…陽菜って俺の姉に似てるんですよ」


土方は眉を寄せる。


「お前姉なんていたのか」
「はい」


山崎は遠くを見るように目を細める。


「人見知りが激しくて、家事は全般出来るくせに何故か料理だけ下手くそで…。いつも他人のことばっか考えてて、『甘える』ってことを知らない姉でした」


山崎の瞳が優しく揺れる。


「…いつ亡くなったんだ?」


山崎が過去形で話していることに土方は気付いていた。俺が今の沖田隊長ぐらいの歳です、っと山崎は言った。


「似てるんですよ、陽菜に。まぁ、陽菜は姉と言うか妹って感じですけど」


山崎は笑った。
…いつもコイツは穏やかに笑う。土方は肺の中の煙を吐き出した。


「副長、用件をどうぞ」
「…ああ」








廊下を歩いていると、髪飾りをくれた隊士とすれ違った。『つけてくれてありがとう。すごく似合ってるよ』嬉しそうに言ってくれたので、陽菜も嬉しくなった。『綺麗な髪飾りをどうもありがとうございます』自然と笑顔で言えた。そしたら隊士はますます嬉しそうに笑った。


前に山崎に言われた。皆陽菜の笑顔が好きなんだよ、と。


『もちろん笑っていない陽菜も好きだけど、陽菜が笑ってくれたら皆嬉しくなるんだ。俺も、局長も、副長も。だから陽菜にはなるべく笑っていて欲しいな』


厄介者なのだと思っていた。攘夷浪士の姪であるこの身は、いや、この存在さえが許されないものだと。
でも、許してもらえた。居場所をもらえた。笑顔を温もりを、生きていることが楽しいと思える光を、もらえた。


優しい人達。幸せな日々。この場所を、この日々を、大切にしたい。失いたくない。


だから…





このまま忘れさせてください。




中庭に目をやると揚羽蝶が飛んでいた。


「────」


頭の中に響く笑い声。落ち着いた、どこか寂しさをおびた声。





…また新しい傷ができたな。あの人たちもよくやる。





くすくす笑いながら傷口に触れる手はとても冷たい。地獄のようなあの日々の中。


生きてこられたのは


死ぬわけにはいかないと思ったのは


急に心が冷えていく。
中庭に下り、陽菜は揚羽蝶に向かって腕を伸ばした。








過去の残影



この日々を、失いたくないのです。





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