線香の煙が空に向かって上って行く。
「お久しぶりです、姉上。最近来れなくてすいやせんでした」
沖田が墓に向かって穏やかに言う。この墓の下で眠っているのは『沖田ミツバ』。沖田総悟の姉。
「屯所に新しく住むことになった奴がいるんです。陽菜っていうなかなかのべっぴんてさァ。姉上ほどじゃありませんけどねィ」
さわさわと風が吹き、沖田の蜂蜜色の髪をそよがせる。
「…土方のヤローが陽菜に惚れたみたいなんでさァ。俺ァ…それが何だか悔しいんでィ」
最初はからかうつもりだった。でもアイツを見ていると…本気で陽菜を想っているアイツを見ていると悔しくなった。
陽菜に向ける、率直な優しい態度。それを少しでも姉上に向けてくれていたら…姉上が哀しむことはなかったことはなかったかも知れない。
それはそれでムカつくけど。
土方のヤローは何をしてもムカつくんでィ。
「姉上は土方さんを許せますかィ?」
そんなこと聞かなくても分かっている。…優しい人だから。
「でも…俺は許せねェ」
ヤローだけが幸せになるなんてこと、俺は許せねェ。
「…また来ます、姉上。今度は近いうちに」
白くなった線香の灰が崩れ落ちた。
陽菜が洗濯物を干していると、アイマスクをして寝ている沖田を見つけた。
午前中、沖田は出掛けていた。近藤に聞くと、『総悟の姉の墓参りに行ったんだ』と寂しそうに微笑みながら教えてもらった。沖田にとっても近藤にとっても、その人は大切な人だったのだろう。
迷ったすえ、陽菜は沖田を起こすことにした。
「沖田さん、お仕事はいいんですか?」
「ん…?あぁ、陽菜か」
ふわぁ〜と沖田は大きな欠伸をする。
「沖田さんはよく寝ますね」
「昼寝は最高でさァ。陽菜も一緒にどーでィ?」
冗談めかしに沖田は言うが、陽菜は真剣に考える。
『陽菜は偉いなぁ。でもたまには仕事を怠けてもいいぞ!少し、総悟を見習ってみろ!』
前に近藤にそう言われたことがある。ずっと働いている陽菜の体を心配してくれてたんだろう。そう思うと胸の奥がぽぉっと温かくなる。
「…お言葉に甘えさせてもらいます」
陽菜が横に寝転がると、沖田は意外そうな顔をしたがすぐに嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、陽菜は自分の行動に満足した。
「気持ちいいですね」
「だろィ?」
「はい」
ふふっと陽菜は笑う。最近よく笑うようになったなと沖田は思う。
「陽菜は幸せですかィ?」
気が付けばそんな言葉が口から零れていた。陽菜は唐突な問いにキョトンとしてから微笑む。
「はい。真撰組の皆さんはいい人で…幸せです。それに…」
「それに?」
陽菜ははにかむように笑った。
「土方さんが、いますから」
「…そうですかィ」
陽菜を最初に見た時、似てると思った。かつての自分と土方に。ほおっておくことなどできなかった。だから土方は陽菜を連れて来て、沖田は反対しなかった。
でも、今の陽菜は当初の張り詰めたものなどなく朗らかだ。陽菜をこうしたのは近藤であり、隊士達であり、土方だ。
陽菜はうとうとし始めた。それに気付いた沖田は優しく陽菜の頭を撫でてやる。
「寝なせィ」
優しいその声に陽菜はこそばそうに笑い、やがて寝息をたて始めた。
ゆっくりと二人の呼吸が合わさっていった。
「うっ…ん?」
むくりと沖田は起き上がる。
「やっと起きたか」
「んァ?土方さん?俺ァ…あ〜寝ちゃってました?」
「爆睡だったよ」
土方はため息をつく。
ふっと沖田は自分と陽菜に土方の上着がかけられていることに気付いた。
「タバコ臭っ」
「…テメー」
口元を引きつらせる土方を沖田は静かに見た。
「…土方さん。陽菜は幸せなんだそうですぜィ」
土方はタバコを吸う手を止める。
「…そうか」
ほっと安心したような土方の顔。ややあって、土方はぽつりぽつりと話し出した。
「俺は…近藤さんに会う前、絶望しか知らなかった。近藤さんに会ったから今の俺がいる。…俺が陽菜にとって、俺の近藤さんみたいな存在になりてェ」
大きな背中をした、あの存在に。
そして…
「陽菜の傍に、俺はいてェ」
笑って欲しい。
幸せになって欲しい。
そう願い、突き放した人。
後悔などしていない。
その時の自分は無力で、大切なものを守るほどの力を持っていなかった。
でも、今は違う。
笑わせたい。
幸せにしたい。
そう想い、叶えることができる手がここにある。
「…多分、陽菜がもっと幸せになるためにはアンタが必要でィ」
「…総悟?」
沖田はにぃと笑う。
「俺は陽菜を気に入っていまさァ。だから、姉上みたいに泣かせたら今度こそ招致しやせん」
土方は瞳孔を開く。それからふっと笑った。
「同じことはもう二度と繰り返さねェ」
「そーですかィ」
沖田はそっと目を伏せた。
後日、沖田は姉の墓参りに訪れた。見るとまだ新しい花が飾られていた。
(そう言えば昨日、土方さんが非番だったよな…)
…ムカつく。沖田は顔をしかめた。
「姉上、元気ですかィ?俺はたった今機嫌が悪くなりやした」
そうぼやいて沖田は線香に火をつける。…姉上。土方のヤローは気にくわねェ。今も昔も大嫌いでさァ。でも、俺ァ陽菜のことは気に入ってやす。陽菜に幸せになって欲しいと思ってやす。
そのためには…土方のあんちくしょーが必要なんでさァ。
だから…俺ァ…
風が吹く。なんだか頭を優しく撫でられた気がした。
「ありがとう、姉上…」
沖田は青空に向かって微笑んだ。
大切な人へ
どこにいても、あなたの幸せを願っています。