笑って欲しい。
幸せになって欲しい。
そう、願い続けた。
沈む夕日を陽菜は縁側に腰をかけて見ていた。今日の仕事にも一段落がついた。空いた時間を陽菜はぼんやりと過ごす。
充実した日々。やっていることはあの屋敷にいた頃とほとんど変わりないのに、心が不思議なほど満ち足りている。
(土方さん…)
土方がいたから、陽菜はここにいられる。最近土方のことを考えると感謝の気持ちとは違う別の想いが浮かぶ。それはとても心地良いものだけど、せわしなくて落ち着かない。
「陽菜」
どきんっと胸が大きく鳴る。考えていた人がタイミングよく現れたためなんだか恥ずかしかった。うるさい心臓を無視して陽菜は笑顔を浮かべる。
「土方さん。巡察、お疲れ様です」
「ああ。隣、いいか?」
「はい」
肩が触れるか触れないかの距離に土方が座る。タバコの匂いがした。タバコの臭いを嗅ぐと、土方が身近にいるようで安心する。
「今日はいつもより遅かったですね。沖田さんは先に帰ってこられましたけど…」
「ああ、ちょっとな」
言葉を濁した土方に陽菜は首を傾げる。
「ほら」
ぶっきらぼうな声で差し出された箱を陽菜は反射的に受け取った。
「土方さん、これは…?」
「開けてみろ」
言われて開けてみると、そこには…
「ケー…キ…?」
三種類の可愛いらしいケーキが入っていた。
「この前、上手そうに団子食ってただろ。女は甘いのが好きって言うし…こういうのも気に入るかもな、と思って買って来た」
小声で言い訳をするみたいにいっきに土方はまくし立てた。恥ずかしいのを隠すために土方はタバコを吸う。
…陽菜に反応がない。土方はチラッと横を見る。陽菜はケーキをジッと見ていた。
「ケーキ…」
「あ、あぁ…」
「ケーキだぁ…」
陽菜の顔が破顔する。嬉しそうに笑い、ケーキの入った箱を抱きしめる。その喜びっぷりに土方はほっと安心した。
「土方さん、ありがとうございます!」
「喜んで貰えて何よりだ」
「はい!昔、お父さんとお母さんと一緒に食べたことがあって…一度だけですけど、本当においしくて!」
陽菜は滅多に死んだ父親と母親の話しをしない。幸せだった時間はその後の陽菜の過酷な日々を鮮明にする。だから自然に、幸せそうに陽菜が二人の話しをしたことが嬉しく思った。
「食べても…いいですか?」
「あぁ」
陽菜は嬉しそうに笑い、どれを食べようか楽しそうに悩む。
「土方さんはどれがいいですか?」
「俺はいい。お前が全部食え」
「え、でも…」
「お前のために買って来たんだ」
その言葉に陽菜はくすぐったそうに笑う。
「…いただきます」
「おお」
苺のショートケーキを選び、入っていたプラスチックのフォークですくい一口食べる。
「…おいしい」
陽菜は笑う。幸せそうに。
土方は穏やかな表情を浮かべタバコをふかした。
…その光景をずっと見ていた人物がいたことに二人は気付かなかった。その人物は憎しみがこもった瞳で土方を睨んでいた。
夜、沖田を中心に隊士達が騒いでいた。
「何やってんだテメェら」
「げっ、副長」
隊士達が顔をひきつらした。その中で一人沖田だけが飄々としている。
「今日、面白いものが撮れたんで皆爆笑したんでさァ」
そう言って沖田は携帯の画面を土方に見せた。画面には女ばかりのファンシーなケーキ屋でケーキを買っている土方の姿映っていた。
「総悟ォォォオ!!!!」
瞬時に抜かれた土方の刀を沖田はたやすく避け逃げだす。
「待てェェエ!!!!」
刀を振り回しながら土方はそれを追いかけるのだった。
誰もいない稽古場へ二人は辿り着いた。沖田は立ち止まり土方を振り返る。
「土方さん」
「あぁ!?」
まだ刀を抜いたままで今にも飛びかかってきそうな土方を沖田は冷静に見つめる。
「土方さんは陽菜が好きなんですかィ?」
「っ…」
土方は思わず刀をおろした。沖田が無表情に言葉を紡ぐ。
「姉上よりもですかィ?」
沖田の瞳が土方を貫いた。口をつぐむ土方。沖田の瞳が揺れる。
「俺ァ、あんたが大嫌いでさァ」
沖田は土方の脇をすりぬけて去って行った。一人残された土方はタバコに火をつける。煙を吐き夜空を見上げた。
笑って欲しい。
幸せになって欲しい。
そう願い、かつて突き放した人。
時の流れが変えるモノ
口から零れたのはもういない人の名前。