黒くどよんだ空から地面にたたき付けるように降る雨。気が滅入るようなそんな光景を見ていると、昼頃までの晴天が嘘のようだ。保健委員の掲示担当の私は今さっきまで来週配る保健通信を作っていた。暴雨のためか、部活も中止になったらしく校舎内はひっそりとしている。
水色のチェックの傘を持ち、下駄箱で靴にはきかえる。ふとくるくるの髪をした男の子が途方にくれた顔で外を見ているのが視界に入った。どうやら傘を持っていないらしい。ちゃんと天気予報で夕方から雨が降ることを言っていたのに。少し呆れた気分になる。


雰囲気からして年下のようだ。くせっ毛の強い髪は自毛なんだろうか?目が大きくて、なんだか可愛い。肩に背負っているカバンの形からテニス部だということが伺える。


まったく知らない他人だし、別に無視して帰ってもいいんだろうけど、傘のない人の前を傘をさして帰るのはなんだか気がひけた。いや、他人だから別にいいっていったらそれまでなんだけどね。


どうしようか、男の子の視界に入らないように下駄箱に隠れながらしばし考える。…あ、そうだ。私はいつもは開けないカバンの小さなスペースを開け、その中のそこからオレンジの水玉模様のたたみの傘を取り出した。いつ雨が降ってもいいように常備していたのを忘れていた。
水色のチェック。オレンジの水玉。…うん。水色の方が無難かな。


下駄箱の陰から出て少年に近付く。私に気付いた少年は大きな目を細めて警戒するように睨んできた。少しムカッとした。でもそれは顔には出さない。だって、ほら、私この子より年上だし?そう自分に言い聞かせているところが我ながら子供っぽいと思いながら傘を差し出す。


「どうぞ。使って」


少年は目を見開いた。その表情が妙に可愛くてさっきの苛立ちを忘れた。我ながら現金だ。
戸惑いの色を浮かべながら少年は私を見る。


「…なんで?」


なんで、と聞かれても正直困る。なんとなく、だしねー…。適当な理由を考えていると、今日耳に入ってきた同じクラスでテニス部の桑原くんとサッカー部の山下の会話を思い出した。


「君、そのカバン、テニス部でしょ?」
「はあ、まあ…」
「テニス部、大会近いらしいじゃん。大会前に風邪ひいちゃ困るでしょ?」
「………」


少年の瞳が揺れる。でも、傘に手を伸ばそうとはしない。


「…アンタは、どうすんだよ」


ぶっきらぼうに言い放たれた言葉にきょとんとする。どうやらこの少年は私の心配をしているらしい。


「私はこれ使うから」


折りたたみ傘を見せると少年はぱちぱちと瞬きをした。その様子が可愛くて笑ってしまった。


「あいにく、自分が濡れてまで他人に傘を譲るほど優しい人間じゃないの」


ごめんね?少しからかうようにそう言うと、少年は口を固く結びやっと傘を受け取った。


「…どうもッス」
「いえいえ。…それじゃあ」


初対面の人間と一緒に帰るはめになるのは勘弁だ。私は折りたたみ傘を開き心持ち早足に校門を出た。
傘をどうやって返してもらうか考えていなかったことに気が付いたのは駅が近くなってからだった。







次の日。
同じように保健通信を作っていた私は帰ろうとして途方にくれた。


「最悪…」


思わず頭を抱える。昨日と同じくまたしても夕方から雨が降るという天気の今日、私は傘を忘れてしまった。傘を持って行けと出かける前お母さんに言われたのに…。いつも入れている折りたたみ傘は昨日使ってから乾かしカバンの中に入れるのを忘れていたしまったためない。
昨日調子にのっていい人面して見知らずの少年に傘を貸したことを激しく後悔した。


「…あれ?アンタ……」


その声に顔を上げると昨日の少年がいた。その手には私が貸した傘がある。


「何してんスか?」
「…傘を忘れて途方にくれているところです」
「折りたたみは…?」
「忘れた」


だからその傘を返してもらえると嬉しいんですが…。私の視線に気が付いた少年は慌てる。その様子で私は察しがついた。どうやら少年はその傘しか持っていないらしい。
はあ、と無意識にため息をつくと少年はさらに慌てる。


「あ、あの!今日傘返そうとしたんスけど名前もクラスも聞くの忘れてて、で、どうしようと思っていたら今日もまた雨で、なんつーか、その…」


必死になって言い訳をしている姿を見て目の前で大きなため息をついてしまったことに後悔する。ごめんね。


「あの、先輩!…あれ?三年ですよね?」
「うん、三年。君は?」
「二年です」
「なら先輩であってるよ」


苦笑しながら言うと少年は私にズカズカと近付いて来た。少年を見上げる形になる。


「あの、一緒に帰りませんか!」


私は瞬きを繰り返す。少年の顔は少し赤い。口下手な私が昨日今日知り合ったばかりの少年と肩を並べて歩くのは正直おくつうだけど、それがお互い一番にとっていい方法なことは明白だ。


「うん、そうしよっか」


少年は顔を輝かせ水色の傘を広げた。









雨の日の忘れ物



自分の名前は切原赤也と言って、テニス部エース。部活の先輩達は怖かったりするけどいい人だ。昨日今日は苦手な英語の補習を受けていたのだ。


雨の音に負けない声で飽きることなくしゃべり続ける少年と肩を並べて歩くのは居心地がよかった。




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