ザアァァ…


灰色に覆われた空が透明な雨を降らす。強く、激しく。全ての音を打ち消すかのように。全てを洗い流すかのように。


「足重い…」


水をたくさん吸い込んだ下駄と足袋は重く、指先の感覚がなくなってきた。強い雨は傘をさしても気休めにしかならない。もう全身ずぶ濡れだ。
いつも賑わっている通りは人っ子一人いない。みんなこの雨で家の中に入ってしまったのだろう。誰もいない町は優越感と孤独感を感じさせる。


「どこにいるのよ…」


ため息をつき、水を染み込んだ重い靴で町を歩いた。


捜し人は橋の上にいた。四肢を投げ出すように座り込んでいる。当然傘はさしていない。
空を見上げている顔は前髪で見ることができない。この強い雨を顔でうけるのは痛いだろうに…。


顔を伝う雨が涙のように見える。


「総悟」


私がさした傘に総悟が入らないギリギリの距離まで近付き声をかける。雨の音が大きいので少し張り上げて。
総悟は横目で私を確認してすぐに目線を空へ戻した。総悟の痛々しい姿に胸が苦しくなる。


昨日、総悟の唯一の肉親である姉のミツバさんが亡くなった。総悟はミツバさんをとても慕っていた。
私は一、二回話した程度だけど、綺麗で優しい人だと思った。これが総悟が大好きなお姉さんなのかってすんなり納得できた。
ミツバさんが亡くなり、一夜明けて真選組を訪れると近藤さんが慌てた様子で私に言った。


総悟がいなくなった、と


慌てふためく近藤さんを宥めてて私は雨のなか総悟を捜しに出た。
やっと見付けた総悟はこの様子。普段の飄々とした感じはちっとも感じない。その姿は置いていかれた子供のようにはかなげだった。


今にも消えてしまいそうな、そんな総悟に私はかける言葉が見付からない。


「………」


総悟の口が動いた。聞こえなかったけど、動きで何て言ったのか分かった。


姉上、と


総悟にとってミツバさんは世界の中心だったのだろう。代わりなんていない。唯一の存在。
私じゃ、総悟の『姉上』になれない。


「あのね、この前手相占いをやってもらったの!」


虚ろな目線を私に向け総悟は怪訝そうに眉を寄せた。私が何を言いたいのか分からない。そんな顔だ。
私はしゃがみ込み総悟に私の声が聞こえやすいようにする。でも総悟を傘の中には入れない。
入れてしまえば、雨に隠れている総悟の涙を見てしまうから。それを総悟は望んでいないだろうから。


「私、占い師さんがびっくりするほど生命線が長かったんだ!運も強いし、何があっても死なないだろうとも言われた!」


総悟の虚ろな瞳に色がゆっくりと戻る。私はにっと笑う。


「私は絶対総悟より早く死なないよ!」


総悟が息を飲んで私の顔を凝視する。総悟の顔が苦しげに歪められ、私は総悟に抱きしめられた。思わず離してしまった傘が遠くに落ちる。


総悟の体は冷たかった。何時間も雨に打たれていたのだからあたり前だろう。私は総悟を抱きしめ返す。少しでも総悟が温かくなるように。


「総悟より長生きして美味しい物たくさん食べてやるんだから」
「…食べ物ですかィ」


総悟が笑ったのが分かった。


「そうだよ。羨ましいでしょ?」
「…あぁ」
「へへ〜ん。あ、でも一人で美味しい物食べてもつまらないから総悟も長生きしてよ?」
「…あぁ」
「総悟がどんだけ頑張って長生きしても私には敵わないんだからねー。総悟に勝てるものがやっと見付かった?やったね」
「…バカですかィ?」
「何よー」


クスクス笑う私を総悟は強く抱きしめる。


「もうちょっとだけ…」
「うん」


あなたは意地っ張りだから。人前で涙を流さない。私の前でも。
あなたの頬を伝うのは涙じゃなくて雨。あなたの泣き声なんて雨に掻き消されて聞こえない。
だから、もう少しだけこの雨に打たれていよう。







空のナミダ



大切な人を失う悲しみをあなたは知った。でも安心して。私は絶対あなたを悲しませないから。
それが『姉上』じゃない私の役割だから。




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