少女は神様に出会いました。


幼い頃からずっと、少女は父親からの暴力に怯えていました。少女を庇い母親が殴られることはいつものこと。母親がいなければ少女は遠の昔に父親に殴り殺されていたでしょう。少女にとって母親は全てでした。しかし、母親は少女を残していなくなってしまいました。少女を庇う者はいなくなり、少女は父親の暴力にただ耐え続けました。
少女は学校でイジメを受けていました。はぶられたり教科書を破かれたりするのは日常茶飯事となっていました。しかし少女はそれを先生にも誰にも言うことはしませんでした。


ある雨の日のことです。パチンコで負けた父親がやけ酒をし、少女を気が済むまで殴った後雨が降る家の外へ放り出しました。少女は虚ろな目で家の前に立っていました。


そして、少女は美しい少年の姿をした神様に会いました。


ふわふわした藍色髪をした少年に少女は見とれました。少女は今までこんな綺麗な存在を見たことがありませんでした。何をしているの?家の中に入らないの?少年に問いかけられ少女は驚きました。神様が私に話しかけている!目を見開き食い入るように見つめる少女に向かって少年は困ったように柔らかく微笑みました。


「好き好んで雨に濡れているなら別にいいけどさ、どうなの?」


間違いなく神様に話しかけられています。なんと素晴らしいことなんでしょう。少女は自分みたいな醜いただの人間が神様と会話をしていいのかどうか悩みました。しかし、神様を無視するなんてそんなこと出来るはずがありません。「家の中に、入れないんです…」少女がそう答えると少年は「鍵を忘れたの?」と問いました。少女が黙ると少年は何かを悟ったような顔をして少女の手に傘を握らせました。
触れたところから伝わった温もりに少女の体は震えました。なんて優しくて温かい手なのでしょう。逆に少年は眉をしかめました。少女はどれぐらい雨にうたれていたのでしょう。とてもとても冷たかったのです。
少年はカバンからタオルを取り出し「あまり綺麗じゃないんだけど…ないよりはいいよね」そう言ってタオルで少女の頭を拭きました。ごしごし、優しく頭を拭かれる動作に無意識に少女は涙を流しました。いなくなった母親のことを思い出したのです。惜しみなく愛情をそそいでくれたと思っていた母親の手より少年の方が優しかったのです。少年は少女の涙に気付かないふりをして少女の髪を、肩を、腕を拭きました。


「これからは鍵を忘れちゃダメだよ?」


少年は微笑み雨にうたれながら少女の前から消えました。なんて、なんて美しい少年だったことでしょう。少女は歓喜に震えました。少女は神様に出会ったのです。神様は少女を見捨ててはいなかったのです。それを伝えるためにあの少年の姿をして会いに来てくれたのです。そうに違いありません。
手には紺色の傘。肩には白いタオル。神様がここにいた証拠は確かにありました。





再び少年を目にしたのはしばらくたってのことでした。本屋に並んだ『月刊プロテニス』という雑誌に少年が載っていたのです。少女は少年の幸村精市という名前を知りました。少女はその雑誌を手放すことが出来なくなりました。しかし少女にはお金がありません。
いけないことと分かっていました。神様に知られたら軽蔑されるだろう。そう、頭では分かっていましたが少女はもう二度と会えないであろう神様を身近に感じたかったのです。神様の顔を忘れたくなかったのです。少女はその雑誌を盗みました。


神様が載っている雑誌を見かけるたびに少女はそれを盗みました。どんどん増えていく雑誌を少女は片時も離すことはありませんでした。父親に見付かったら捨てられてしまうでしょう。クラスメイトに見付かったら破り捨てられてしまうでしょう。そんなこと、少女には耐えられません。少女は少年の姿をした神様を心酔していました。


そして、少女は少年が病気になったことを知りました。


頭から冷水をかけられた気分でした。もし、死に至る病気だったら…?少女の心を救った神様がこの世界から消えてしまいます。嫌だ、嫌だ、嫌だ…。
少女は泣きました。悲しくて、寂しくて、不安で、訳の分からない衝動のままに泣きました。
そして、少女は自分自身も病に蝕まれていることを知りました。


少年の姿が雑誌から消え、冬が過ぎ春が来ました。少女の病はひどくなる一方でした。咳込むことが多くなり、次第に吐血までもしだしました。
少女は神様のことを考えます。無事であることを祈ります。少女は自分の命を神様にあげたい、そう思いました。


やがて春が終わり夏がやって来ました。
日課のように本屋で雑誌を取り、ページをめくり、少女は呼吸を忘れました。
神様が、無事病気を乗り越え戻ってきたのです。喜びで頭の中が真っ白になり少女は何も考えられなくなりました。やがて、のろのろと雑誌を持ってレジへ向かいました。神様が戻って来た、この神聖な出来事が書かれた物を盗むことなど出来ませんでした。
雑誌を胸にかかえ、少女は家路につきました。誰もいない部屋で少女は大きな声で泣きました。たくさんたくさん泣きました。


神様が写った雑誌のページを広げその中心で少女は寝転がっていました。キラキラ輝く星に抱かれるような気持ちで少女は目をつむり、そのまま動かなくなりました。









幸村は黄昏れに染まる空を見上げた。


週間雑誌の記者がやって来て幸村を神のように崇拝して、雑誌に写った幸村に囲まれて死んだ少女の話しを聞かされた。


「彼女は君を全知全能の神のように思っていたんだ。幸村くん、そんな少女に対して何か一言ないかな?」


下卑びた笑顔を浮かべ好奇心を隠さず聞いてくる記者は真田が一喝して追い返した。
顔を洗ってくると言いコートから離れる幸村を呼び止める者はいなかった。


冷たい風が吹き、幸村の髪や肩にかけているジャージを揺らす。つい数日まではうるさく鳴いていたセミの声がもうしない。
夏が終わり、秋がやってきたのだ。


「俺は神様でもなんでもない、ただの人間なんだよ」


名も知らない少女に向けて幸村は呟く。


友に名前を呼ばれ、幸村はテニスコートへ向かい歩いて行った。







少女が愛した神様



神に愛された子はしょせんただの人間でした。過ぎ行く時も、訪れる時も。ただ、受け入れて生きていくのでした。





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