「行かないでくだせェ」
今にも泣きそうな表情でそーちゃんは私に言った。不思議。そうちゃんが小さな男の子みたいに見える。こんなそーちゃん、初めて見た。
「お願いでィ。俺の前からいなくならないでくだせェ…」
まるでおいてきぼりにされた小さな男の子。いつもの飄々とした態度のそーちゃんはどこへ行ってしまったの?
「そーちゃん。そーちゃんはさ、私のこと、好き?」
「あたり前でィ!」
「…そう」
そーちゃん。今、そーちゃんの瞳には誰が映っているの?
私?
それとも…
「お願いでさァ!もう、もうどこにも行かないでくだせェ!」
ああ…。
そーちゃん。私の大好きなそーちゃん。
結局、あなたにとって私は大切なお姉さんの代わりでしかなかったんだね。
長かった私の髪を切れと言ったのも、自分のことを「そーちゃん」と呼べと言ったのも、全てお姉さんがそうしていたからなんだね。
そーちゃん。あなたは私を数えるぐらいしか抱きしめてくれなかったね。キス一つ、してくれなかったね。
私はそれはあなたの優しさだとずっと思ってたよ。本当は少し寂しかったけど、大事にされているんだ、って思うと嬉しかったから。
私はそーちゃんのこと、大好きだったよ。かっこよくて優しい自慢の恋人だった。
バイト先のお客さんで、話すようになって、付き合おうと言われて、恋人同士になって、私は幸せだったよ。
髪を切ったらとても似合うと誉めてくれて、「そーちゃん」って呼んだらはにかむように笑ってくれた。
そんなそーちゃんが大好きだったよ。
でも、恋人同士だって想っていたのは私だけだったんだね。
そーちゃんにとって私は亡くなったお姉さんの代わりでしかなかったんだね。
酷いよそーちゃん。
酷いよ…。
「行かないで」とそんな子供みたいに言わないで。そんなの、私の知っているそーちゃんじゃない。
そーちゃん。怖いの?
大切なお姉さんをもう一度失うことが。
「そーちゃん。私、土方さんに会ったよ」
「…!!?なんでっ!?屯所には来るなって…!!」
そうだね。何度も何度も言われた。その理由、やっと分かったよ。
土方さんがいるからだよね?
そーちゃんのお姉さんの想い人。そーちゃんのお姉さんを想っていた人。
土方さんがまたそーちゃんから大切なお姉さんをとると思っていたの?
土方さんはそんなことしないよ。あの人はそーちゃんとは違うよ。私を私として見てくれたよ。
私を見て、驚いたような顔をして涙を流したけど。『知り合いに似ていたもんだからつい…』って泣いたことを恥ずかしがってたよ。土方さんは私を亡くなった想い人と見間違えたけど、私を亡くなった想い人とは見なかった。
土方さんは強い人。でも、そーちゃんは弱い人だね。
そーちゃん。私はそーちゃんのお姉さんでも土方さんの想い人でもないよ?
私は私。
でも、そーちゃんは私を私として見てくれてなかったんだね。私はずっとそーちゃんと恋人ごっこをしていたんだね。
そーちゃん。大好きだったよ。本当に。心から。
だからね、私。そーちゃんを許せない。私を裏切ったそーちゃんを許せないよ。
「そーちゃん」
そーちゃんはずっとお姉さんが幸せになれなかった理由は自分にあると自分を責めていた。そう山崎さんって人から聞いたよ。
「私ね、幸せになりたかった。でもね、なれなかった。どうしてだか分かる?…そーちゃんがいたからだよ」
そーちゃんには私の言葉はお姉さんの言葉のように聞こえたのだろう。真っ白い顔で私を見つめている。
「そーちゃん。私はあなたを許せない。絶対に」
大好きだったから。大好きだった分、裏切られた悲しみが大きいの。
「さようなら、そーちゃん」
魂が抜けたように立ち尽くすそうちゃんに私は背を向ける。振り返ったりしない。二度と。
「姉…上……」
…そーちゃん。あなたは最後まで私を見てくれないんだね。
裏切りの代償
大切な姉を二度失った少年