彼女は副長の恋人だった。
綺麗で、優しくて、よく気が利いて、家庭的で…。言ったら怒られるけど副長には勿体ないぐらいだ。
副長は彼女のことを大切に思っていると思う。彼女を見る瞳は『鬼の副長』とは思えないほど優しい。彼女も副長の前だと幸せそうに笑う。
そんな二人を真選組のみんなは…いや、沖田隊長は除くけど、心から祝福していた。


だから、俺は信じられなかった。彼女が俺達を…副長を騙していたなんて。信じたくなかった。





最近活動が活発になってきた攘夷浪士団体があった。監察である俺は奴らの基地を捜し、今日やっと見付けた。
副長にそのことを連絡しようと携帯を取り出した時だった。俺は我が目を疑った。携帯をにぎりしめたまま呆然と物影に立ち尽くす。
副長の恋人が当然のような顔でその基地に入って行ったのだ。


どうして彼女が?


そんな疑問が頭を駆け巡る。頭の冷静な箇所はその理由を分かっていた。ただ、俺の頭は理解することを拒んでいた。


「……密偵」


息だけの小さな声が喉から零れた。
彼女は攘夷浪士の仲間だったのだ。そして、真選組の内部をさぐるために副長に近付き恋人となった。
俺達はみんな、ずっと彼女に騙されていたんだ。


唇を噛みしめる。悔しさが口の中に広がる血の味のように体を駆け巡る。悔しいと思うと同時に悲しかった。少なくとも俺は、彼女には副長と一緒になって副長を支えて欲しいと思っていたから。


やがて、彼女は基地から出て来た。基地から少し離れた場所に彼女が来ると、俺は彼女の目の前に姿を現した。


見開かれる彼女の瞳。…やめてくれ。「しまった」とでもいうような表情を浮かべないでくれ。俺はまだ君を信じていたいんだ。


「…こんな所で何をしているの?」


わなわなと奮え出す彼女の唇。血の気が引く顔。…それは彼女の裏切りを明確に表していた。
俺の心が水を浴びせられたかのように冷えていく。俺の無表情、無感情の眼差しに彼女の顔は恐怖に引きつった。


「…っ、お願い!土方さんに言わないで!」


…この人は何を言っているんだ?何に怯えてるんだ?


「嫌われたくない…」


ぽつりと彼女はそう言った。俺は呆れた。裏切ったのは君じゃないか。


「好き、なの…。最初は、目的があって近付いたの。でも、でもね…気が付いたら本当に、私本当に土方さんのことが…」


任務なのに、彼女は本気で副長を好きになってしまったんだ。呆れると同時に、嬉しかった。幸せそうな二人は偽りではなかったから。


だから、俺は彼女に温情をかけることにした。


「…なら、攘夷浪士達の情報を持って真選組に寝返るといいよ。そしたら、副長だって君を許してくれるかもしれない」


保障はないけど…多分、大丈夫だ。副長だって彼女のことを本気で大切に思っている。


しかし彼女は小さく、しかしはっきり首を横にふった。「それは出来ない」とそう言って。


「みんなは私の家族だから、裏切ることなんて出来ない」
「…そう」


痛いほど彼女の気持ちが伝わってきた。彼女は家族も、恋人も、かけがえのないほど大切に思ってるんだ。
だからと言って俺はこのまま見なかったことには出来なかった。俺もまた、家族である真選組を裏切ることなど出来ないから。


苦しげに、切なげに、顔を歪める姿は痛々しかった。でも、彼女は決して泣かなかった。さすがあの副長が惚れただけのことはある。


「…一日だけ時間をあげるよ」


仲間に真選組に基地の場所がバレたと伝えて逃げるか、それとも重要な資料や書類を持って真選組の門をくぐるか。
一日だけ考える時間を君にあげるよ。


俺は静かにその場から立ち去った。











次の日。
彼女の死体が川で見付かった。


冷たくなった恋人を抱きしめ副長は涙をこらえるが、その背中は泣いている姿を見るよりも痛々しかった。
離れた場所で呆然と立ち尽くす攘夷浪士達。その姿は喪失感を漂わせていた。


結局彼女はどっちも裏切ることが出来なかったんだ。どっちも大切で、失いたくなかったから。
彼らの中にいる自分を汚したくなかったんだろう。失望されたくなかった。ずっと大切に想って欲しかった。


だから、綺麗なまま居続けるために自ら命を絶った。










マモンの化身



攘夷浪士は斬る。
でも、君の強欲さに免じて君のことは黙っていよう。浪士達にも。…副長にも。






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