大好きな人がいました。
大きな手の平、広い肩幅、タバコのにおいが染み付いた服。豪快に笑う口も、困った時に垂れる太い眉毛も、力強い意志を感じる瞳。
その全てが、大好きでした。


その人はいつも私の想いをサラリと流していました。私が傷付かないように。
なら、応えてくれたらいいのに。と私はいつもふて腐れて、でも彼の優しさのおかげで私はいつまでも彼を好きでいられるから、幸せでした。


大切なやつができた。
だからお前の気持ちに応えることはできない。


彼が私の想いをはっきりと断った時、私の頭は冷静でした。ついにこの日がきた。そう、思っただけでした。
正直に言うと私は疲れていたのです。彼を好きでいることは幸せでした。でも、報われない想いを抱えて生きていくことはしんどくて。彼の優しさが、私を突き放さない彼の優しさが辛かったのです。生温い幸せが、寂しかったのです。


彼が愛した人は綺麗で、大人で、私とは大違いでした。彼がその人を見る目は優しく、私が見たこともない、愛おしくてたまらないとでもいうような笑顔を浮かべていました。
並ぶ二人はお似合いで、幸せそうで、私が入る余地などなく。彼が幸せならそれでいい。彼の幸せが私の幸せだから。醜い嫉妬を必死に隠し、彼を心から愛している女のふりをしました。


彼の最愛の人になれなくても、彼と同じ意志を持つ忍になろう。彼の背中を追うように私は修業にはげみました。
そして、私は彼の愛弟子の存在を知り打ち萎れるのでした。彼の意志は彼の弟子が継ぎます。私がどれだけ頑張っても、私が彼の一番の弟子になることはないのです。


私はどうすれば彼に、私という存在を残せるのか分かりませんでした。





そして


愛した人に小さな命を残し、


愛した弟子に火の意志を残し、


彼は死にました。





彼が私の中に残していったのは捨てきれなかった彼への恋心と、風が吹けばすぐにも消えてしまいそうな小さな意志。


彼が愛した人達は彼が残していったモノを大切に育て、守り、彼が生きた証を、彼と生きた日々を、残すのでしょう。


私には、彼と過ごした日々を残すモノがない。


私は、彼を恨みました。彼を恨まなければ寂しくて死んでしまいそうでした。


彼にとって、私はどんな存在だったのでしょうか?
私には知るよしもなく…。


そう、思っていたのに。


「すまないことをしたって言っていたわ。気持ちに応えられないけれど、気まずくなるのが嫌でずっとあいまいにごまかし続けて。アスマはね、あなたがアスマに向けた気持ちとは違っていたけど、あなたのこと愛していたの。…私が妬けてしまうぐらいね」


優しく微笑みその人は大きなお腹を撫でる。


「アスマはよくアンタのこと褒めていたよ。アイツはいい忍だ。強い意志を持っている。お前も少しは見習え、ってめんどくせぇぐらい。…でも、俺はアスマに認められているアンタが羨ましかった」


頭をかきながらその人はタバコを吸う。


彼…アスマにとって私はどんな存在だったのか。私は、知りませんでした。どれほどアスマに大切にされていたかなんて、アスマを失って、誰かに言われて、私はやっと気付いたのです。


アスマとすごした日々は幸せでした。恋人の話しをする時。弟子の話しをする時。彼が幸せそうに笑っていたから、私は幸せでした。


アスマが私の中に残していったのは、アスマとアスマの愛する人達との日々。アスマが命をかけて守りたかったモノ。
重大なモノを残された。大変だ。頑張って守らなくちゃ。


アスマ、私は幸せです。
私はアスマが愛した人達を託されるほど、アスマに愛されていたのだから。







残されたモノたち



愛する人の意志を、残された者達はそれぞれの役割で守ること。
それを私は知りました。





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