陶器のような白く滑らかできめ細かい肌。絹のような肌触りがするくるくるの金髪。瞳はエメラルドを埋め込んだように澄んだ輝きを放ち、浮かべる笑顔はどのヒマワリのように温かい。


まるで、天使。


幼なじみであるヴォルフラムは私の憧れであり願いであり全てだった。彼が好きなモノは私も好き。彼が嫌いなモノは私も嫌い。ヴォルフラムが人間を嫌うなら、私も人間を嫌いになろう。
私は人間であるネイビーに罵声を投げ友達をやめた。恋心を抱いていたヴォルフラムの異母兄弟であるウエラー卿を敵視した。
ヴォルフラムが嫌いなモノなんか、全ていなくなってしまえばいい。世界が彼の好きなモノで満ち溢れたら、ヴォルフラムは幸せでずっと笑うに違いない。そうしたら私も幸せよ。


お父様のお仕事の都合でヴォルフラムと離ればなれになると分かった時は身を裂かれるような気持ちだった。
私は泣きわめき、お父様やお母様をたくさん困らせた。「行きたくない。ヴォルフとずっと一緒にいたい」ヴォルフラムにしがみつき、泣きながら何度も叫んだ。「私のこと忘れないでね。私は絶対ヴォルフのことを忘れない。ずっと、ずっと大好きよ。戻って来るから、だから、待っていてね」ヴォルフラムはヒマワリが咲くように笑い、約束してくれた。


それから数十年。


人間の少年が魔王になったという話しを私は信じられない気持ちで聞いた。
汚れた血をひく者が魔王だなんて考えただけで吐き気がする。眞魔国は終わりだ。
それより何より私はヴォルフラムのことが気になって仕方がなかった。人間に従うヴォルフラムなんてみたくない。ヴォルフラムはきっと今頃血を吐くほど悔しい想いをしているに違いない。なんて可哀相なヴォルフラム!できることなら今すぐ駆け付けてヴォルフラムを慰め魔王を殺してやりたい!


やっとお父様の許しを得て数日だけ私はヴォルフラムが待つあの場所へ戻れることとなった。
ああ、ヴォルフラム!今やあなたの天使のような笑顔は消えていることでしょう!可哀相なヴォルフ!でも、安心して!今から私が行くわ!あなたを助けるために、私はあなたのもとへ帰るわ!







数十年ぶりに見た私の最愛の天使は、その輝きを失っていなかった。むしろ輝きは増していたとも言える。


ねぇ、ヴォルフ…ねぇ、どうして?
どうしてあれほど嫌っていた汚れた人間の血をひく異母兄弟と楽しそうに会話をしているの?本当の兄弟のように…。
ねぇ、ヴォルフ。私、あなたを救うために魔王を殺そうと思ったの。なのに、ねぇ?どうして優しい笑顔を黒髪の魔王に向けているの?


ねぇ、ヴォルフ…
あなたは…誰……?


「…名前?名前か?」


ヴォルフラムが顔を輝かせ私のもとへ駆け寄って来る。


「久しぶりだなぁ、名前。元気にしていたか?帰って来ると聞いて楽しみにしていたんだぞ」
「…ヴォルフ……」
「ん?名前?どうした、顔色が悪いぞ?」
「ヴォルフ、長旅で疲れているようだ。休ませてあげないと」
「ああ、そうか。名前、部屋まで案内するよ。…もしかして着いてすぐに会いに来てくれたのか?ありがとう、嬉しいよ」


ヴォルフラムが私の肩に手を乗せこの場から立ち去らせようとする。


「なあなあコンラッド。誰なんだ、あの人」
「ヴォルフラムの幼なじみですよ。昔、父上殿の仕事の都合で遠くに行っていたんです」
「へぇ〜…」
「陛下、挨拶は彼女の体調が良くなってからで」
「うん、分かってるよ」


その会話が耳に入り、私は足を止めた。


「名前?……っ!」


心配そうに顔を覗き込んで来るヴォルフラムの胸を私は強く押した。魔王を睨み付けると魔王は黒い瞳を真ん丸にした。


「私に馴れ馴れしくしようとしないで!汚れた人間が!」
「名前っ!」


ヴォルフラムが責めるような声で私の名前を呼ぶ。


「…知らない、アンタなんか、知らない」
「……名前?」


訳が分からないとでもいうかのようにヴォルフラムは綺麗な形の眉を寄せる。
知らない。私はこんな優しいヴォルフラムなんて知らない。
天使のような可愛い可愛いヴォルフ。どんなわがままも許された、好き放題をしてきたヴォルフ。こんなふうに優しく気を使うヴォルフなんて、私の知っているヴォルフじゃない!


「名前、何を言っているんだ?」


キッとヴォルフラムを睨み付け私は汚らわしい血をひく二人の人間を指差す。


「どうして人間なんかがここにいるの?どうして人間なんかが魔王なの?どうして人間なんかがヴォルフと仲が良いの?人間なんて、みんな、死んじゃえばいいのに!」
「名前!」


怒鳴るように名前を呼ばれ私は体を震わせた。ヴォルフラムの瞳にはエメラルド色の瞳が怒りと悲しみの色をして私を睨み付けている。


「そういうことを言うのは、やめろ。それは…間違っている」


間違っている?何、それ?
そんなこと、私は初めから知っていたわ。でもヴォルフラムがそう言ったから、それに従ったまでよ。なのに…ヴォルフラムが私にそれを言うの?
人間の魔王と出会って改心したの?人に優しくすることを覚えたの?


ヴォルフラムはもう天使じゃない。もう、人の気持ちを知っている。


なら、私は?
大切な友達だったネイビーを泣かせるほどまで傷付けた私はどうなの?
捨てたウエラー卿への恋心はどうなるの?


「名前っ…!」


ヴォルフラムの制止も聞かず私は駆け出した。衝動のままに。ただ闇雲に。
ヴォルフ、私の天使。私の憧れ、願い。私の全て。それが今、消えた。










天使が消えた箱庭




ここは箱庭
出口など、ありはしない。



 

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