台所に立つ二人の背中が好きだった。部屋中に広がるおいしそうな匂いが好きだった。


「いい? ヒカリ。おいしい料理を作る料理人はね、大名様より偉いのよ」
「大名様より?」
「そう。すごく偉い人でも、すごく悪い人でもおいしい料理を食べたいのよ。おいしい料理を食べれば誰だって料理人に感謝するわ。だから料理人は大名様より偉いの。料理人より偉いのはお医者さんぐらいね」
「おお〜!」
「だからね、料理人にとって料理を作るということは戦いなの!まずい料理を出すようなら命はないわ!いいことヒカリ!私たちに失敗は許されないのよ!さあ、命懸けでフライパンを振りなさい!一分一秒でさえ私たちは失敗を許されないのよ!」
「はい!!」
「こらこらこら、テキトーなことを言ってるんじゃない。ヒカリもなんでもかんでも母さんのことを真に受けて信じるな」
「あら、何アナタその言い方?」
「ほ、包丁をこっちに向けるな!」


大好きな父と母がいた。料理を誰よりも愛していた父。料理人であることを誇りに思っていた母。
戦で大好きな二人を亡くし、両親の意志を継いで料理人になるために必死に生きてきた6年。


私は今、母が言っていた通り、料理を失敗したら命がない場所で料理を作っています。















この部屋に入る前はいつも緊張する。今日は蛇の抜け殻とか臓器の一つとか気持ち悪いものが部屋に転がってませんよーに!


「失礼します。ヒカリです。朝食をお持ちしました」


ドアをノックして声をかける。数秒置いてから「入りなさい」という声がした。深呼吸をして、目をつむりゆっくりとドアを開ける。


「フフ、そう怖がらなくていいわ。何もないわよ」


からかうような声にびくびくしながら目を開け、部屋の主しかいない部屋に安心する。床にも何も転がっていない。
この部屋の主であり雇い主である大蛇丸は不気味な微を浮かべてヒカリを見ている。ぞわぞわと背中を冷たいものが走った。


「朝食、持ってきました」
「ありがとう。よかったわ、忘れられてなくて」
「………」


一度持ってくるのを忘れたことをずっと根に持っているらしい。あの時は本当に殺されるかと思った。思い出しただけで汗が出てくる。
ああ、もう、本当どうしてこんなところで働くことになったのだろう。


大蛇丸、もとい大蛇丸様は忍世界では相当な極悪人らしい。何をしているのかはまったく知らない。知りたいとも思わない。知った瞬間アウトだと直感が言っている。
どうして人を確実に殺っているような人のもとで、忍でも特殊な力があるわけでもない娘が働いているのか。理由は単純明解。大蛇丸に料理の腕を見込まれたから。


ある村の小さな食堂でヒカリは働いていた。店長は気のいい人で、ヒカリの腕を認め、店に一品ヒカリ特別料理メニューを作ってくれた。なかなかに繁盛していたそんなある日。一人の男がやって来た。
ヒカリの料理を食べた男はこれを作った者に会いたい。そう言った。ぜひ自分のもとで働いてほしい。そんなふうに自分の料理が評価されたのは初めてでヒカリは有頂天になった。
出された給料も十分よかったし、店長にももうここで学ぶことはないだろうからいいんじゃないか、と言われ大蛇丸に雇われたのが一月前。
思えば確実に人生選択を間違えた。
だからと言って、やめさせてくださいとは言えない。言ったらどうなることか、想像したくもない。
それに…。


「あら、今日はお味噌汁に素麺が入っているの?」
「はい」
「おいしそうね。今日もいい匂いだわ」
「…ありがとうございます」


大蛇丸がヒカリの料理を気に入っているのも事実だった。おいしく食べてもらえるなら料理人としては幸せだ。
いつものように食べ終わったら外に出しておいてくださいと言い部屋を出る。さあ、次の人に朝ご飯を届けに行かないと。
頬が緩むのが自分でも分かった。足取りも自然と軽くなる。


ヒカリが毎日ご飯を用意しなければならない人は三人いる。雇い主である大蛇丸。側近であるカブトは今日はいないので作らなくていい。そして、もう一人。彼が何者なのかヒカリは知らない。カブトのように大蛇丸を慕っているわけでもない。むしろ、彼は大蛇丸を嫌っているように見える。…まあ、どうでもいいけど。ヒカリには関係のないことだ。


心臓がドキドキと鳴る。さっきとは違う緊張が全身を走り、深呼吸をした後に扉を叩く。


「ヒカリです。朝食をお持ちしました」
「…………入れ」


扉を開ける。殺風景な部屋に綺麗な顔立ちをした少年がいた。うちはサスケ。人を寄せ付けない冷たい空気を持つ少年。ああ、今日もかっこいいなぁ!


「失礼します」


にやける顔を必死にこらえて朝食を並べる。


「…魚か?」
「はい。ハタハタです。頭から尻尾まで食べれますよ」
「へえ…」


味噌汁をつぐとサスケの目が緩んだ。


「いい匂いだな」
「ありがとうございます」


最初、サスケと会った時にあてられた殺気にヒカリは死ぬかと思った。いや、大蛇丸が止めてくれなければ確実に死んでいた。そんな人が、ご飯だと言えば部屋の中に入れてくれて、ご飯を並べれば犬みたいに寄ってくる。そして笑っておいしいと言ってくれるのだ。


料理人は偉大だ。どんな人の心も許してしまうのだから。


「はい、サスケ様どうぞ、召し上がれ!」








深海の中に金魚が一匹



お父さんお母さん。いろいろ難ありですが、私は逞しく生きていきます。



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