目標人物発見。


騒がしいゲーセンで、格闘ゲームを必死になっているワカメ頭のバカをあたしはしばく。


「い"っ!?…っ、んだよ誰だよ!!?」


バカこと切原赤也は振り返り、私を見て目を見張った。その後気まずそうに目を逸らす。あたしはそんな姿を腕を組み黙って見下ろした。
ゲーム画面から機械音の叫ぶ声が聞こえる。次いで流れる悲しげな音楽と画面に映し出される「Lose」の文字。


「…お前が邪魔したせいで負けちまったじゃねーかよ」
「それはそれはごめんなさいね」


イラッてくるような弱々しい声音に力一杯嫌味を込めて返す。切原は横目でこっちを睨んだ後体をゲームに戻した。
この甘ったれが!たくっ!先輩たちが甘やかしたからこんなふうになったのよコイツは!
あたしは切原の耳を掴み勢いよく引っ張った。


「行くわよ!」
「いだだだだだっ!!!」


そのままゲーセンから出て、歩きだす。


「放せよ!放せって!!」


切原のバカデカイ声に道行く人の視線が集まって来たので私は最後に思いっきり引っ張ってから耳を離す。


「このバカ力女が!」


切原が罵声と共に睨みつけてくるけどあたしはちっとも怖くない。少しも怯まず悠然と自分を見てくるあたしから切原は目を逸らす。
時間がない。早くコイツを連れて行かないと。切原が本気で逃げ出したらあたしにはどうしようもならないことは分かっている。


「何してたの」
「…見りゃ分かるだろ」


小さい声。言い逃れするような、弱々しい声。ムカつく。


「卒業式すっぽかして何やってんのかって聞いてんの!!」


怒り任せに叫ぶと自分でもびっくりするような険しい声が出た。


「行くわよ」
「………」
「切原!」
「………」
「っ、甘えないで!!」


イライラする。なんで幸村先輩はこんなやつを部長にしたの。


『赤也なら出来るよ。アイツは強いから』


幸村先輩。コイツは強くないよ。弱虫の甘ったれだよ。先輩たちが卒業するのが嫌でゲーセンに行くようなどうしようもないバカだよ。ぐずったところで、先輩たちが卒業することに変わりはないのに。


「部長がサボるとか何事よ。示しがつかないでしょ。アンタは部長なの!しっかりしなさい!」
「っ、うるせぇ!!」


切原の叫び声にあたしはびっくりした。


「部長部長って、オレは、オレがどうやったって幸村部長みたいになれるわけないだろうが!!」
「切原…」


罪悪感が芽生えた。あたしは、一年の時からずっと幸村部長の背中を見てきたから。幸村部長が引き連れる立海テニス部があたしの居場所でもあったから。
もしかして、新しく変わる立海テニス部を一番認めたくなかったのはあたしかもしれない。…なら、あたしも卒業しなくちゃ。


「…何バカ言ってんのよ。アンタに幸村先輩の代わりが務まるわけがないでしょうが、恐れ多いわ」
「なっ!?」
「アンタは、アンタでしょ!」


切原が何か言う前にあたしは早口でまくし立てる。


「幸村部長がアンタを部長だと認めたんだから、胸を張りなさい!幸村部長みたいにならなくていいから!アンタはアンタらしくやればいいから!あたしはマネージャーとしてアンタを支えるから!」


赤也は目を見開く。その反応をあたしは怪訝に感じる。コイツはどうして豆鉄砲を食らったハトみたいな顔をしてるんだ。


「お前…」
「何?」
「マネージャー辞めないのか?」
「…は?なんであたしがマネージャー辞めなくちゃならないのよ」


いきなり何を言い出すんだコイツは。


「…はっ!?もしかしてアンタ部長の権限使ってあたしを辞めさせるつもり!?やめてよ!」
「し、しねーよ!」


あ、なんだよかった。


「なんであたしが辞めることになってんのよ」
「…お前、幸村部長のこと好きなんだろ」


…………
…………………!!?


「なななななななななっ!!」


何を言い出すんだコイツわぁぁぁあああ!!!!
つかなんでコイツ知ってんの!?あたしってばそんなに分かりやすかった!?バカに分かるほど分かりやすかった!!?
あたしが何も言えなくなったのをいいことに切原は好き放題言う。


「幸村部長がいなくなったらお前はもうマネージャーをやる必要がないじゃん。なのにお前はオレが部長でもマネージャーをしてくれるんだって驚いて…」


………おい待てやコラ。


「アンタあたしをナメてんの?」
「えっ」


あたしの声音から何かを感じとったのだろう。切原は後ずさる。ちなみにあたしはというと、血管がブチ切れそうなほど怒っていた。


「あたしがそんな不純な動機でマネージャーをやっていたなんて思うな!!」
「えっ、いや、その、」
「いいから、とっとと学校に行けぇぇぇえええ!!!!」
「はいっ!!」


走り出す切原。けど、何を思ったか切原は足を止めて振り返る。


「なあ!」
「何よ!?」
「オレ、部長としてやってける自信なんてねぇけど、お前がいるなら、大丈夫だって思える」
「………」
「だから、これからもよろしくなー!!」


雲が晴れた空のような笑顔を浮かべて切原は再び走る。その背中をあたしは呆れ顔で見送り、それから後を追う。
あたしが立海テニス部レギュラーの足に追いつくはずもなく、あたしが学校に着くころには切原は先輩たちにもみくちゃにされていた。


「幸村部長!立海テニス部はオレがいますから安心してください!」


まったく、都合のいいことを言うやつだ。仕方ないからとことん付き合ってやろう。
あたしはテニス部員に向かって駆け寄った。







進む道が一人ではないなら立ち向かえる



なあ、オレは心細かったんだ。先輩がいなくなって、お前さえもいなくなったらって思ったら。
でも、お前がいて、支えてくれるなら大丈夫。オレもお前も、先輩たちの背中をずっと見て来たんだから。


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