赤也の様子がおかしい。練習中にぼおっとしており、怒鳴るとしゃきっとするが、すぐに視線をさ迷わせる。見兼ねて何かあったのかと問おうとすると幸村に止められた。甘やかすな。本人が言いに来るまで待て、と。
真田自身は甘やかしているつもりなどなかった。練習やプレイに支障が出ないようにするための考えだった。しかし、幸村が言うならとその場はあえなく了承した。
次日、赤也は昨日のことなどなかったかのようにケロリと練習に参加していた。練習が終わった後に昨日のことを聞くと曖昧に笑うだけで何も言わなかった。
不思議なものだ。いつもオレたちの後ろを無邪気に追いかけていた赤也がオレに隠し事をする。手のかかる子供が一歩独り立ちをしたようなそんな感じだ。それを聞いた幸村と柳は「子離れのできない親のようだな」と真田を笑った。言い返す言葉が思い浮かばず仏頂面を作るとさらに笑われた。







練習が終わった後のことだった。みなが更衣室で着替えているなか、丸井が一人ベンチに座りぼんやりと茜空を見上げていた。
どうしたのだ。声をかけると「んー」とやる気のない返事が返ってきた。


「…家に帰りたくねェんだよ」


なんでも、部活に来る前に弟たちとケンカをしてしまったらしい。いつもは我慢しているいたずらに今日は堪えきれず怒鳴ってしまったようだ。やっちまった、そう言いながら笑う丸井は部活で見せる顔ではなく兄の顔だった。


「オレにも歳の離れた兄がいる」
「お、そういやそうだったな。ケンカとかしたことあるか?」
「うむ。一度兄の課題を破いてしまったことがあってな」
「うわぁ…」
「普段まったく怒らない兄の剣幕に怯えて謝ることもできなかった。怒ったまま兄が家を出て行った時はもう帰って来ないのではないかと思ったほどだ」
「………」
「許してもらうために兄が帰って来たらお気に入りの飛行機をあげようとずっと玄関の前で待っていた。兄が帰って来たらとにかく謝ったな。そしたら兄がオレの好きな店の団子を買ってくれていた。そして謝られた」
「…それで?」
「それで終わりだな。それからも何回かケンカをしたし、殴り合いもした。…今なら分かるが、オレはだいぶ手加減されていたんだな」
「そりゃな。こっちが本気で殴ればチビなんて一発で泣く」
「うむ。兄は大変だな。今さらながら有り難みを感じる」
「…そっか」


丸井はそっかともう一度呟き立ち上がった。その表情はさっきよりも晴れやかだ。


「ありがとな、真田。んじゃあ、オレ着替えてくるぜ」


次の日、丸井はお礼だと言ってアメをよこした。仲直りはできたのか、そう聞くとニッと頬を吊り上げ笑った。







屋上へ行くとそこには先客がいた。仁王だ。


「真田がここに来るなんて珍しいのぉ」
「精市が委員会で行けないから代わりに花の様子を見て来いと言われてな」
「…パシリか」
「? 何か言ったか?」


なんでもない、と仁王はごまかす。屋上に寝転がり青空を見上げるそのだらけきった姿に眉を寄せる。真田が口を開くその前に仁王が口を開いた。


「のお、真田。おまんは幸村とケンカをしたことがあるか?」
「…なんだ、薮から棒に」
「なんとなく気になってたんじゃ」


真田は教室で柳生が気落ち気味だったことを思い出す。柳生とケンカでもしたのか。珍しい。


「あるぞ」
「…意外じゃの」


本当に意外だったらしく、仁王は上半身を起こした。視線と顎で真田に横に座るように促す。真田はため息をつきその横に胡座をかいた。


「精市は昔からよく分からないことで拗ねた」
「あ〜…。それは分かる」
「理不尽なことを言われたことはたくさんある。だがアイツが言うと正論に聞こえるから厄介だ」
「それも分かる」


真田が昔のことを思い出し呻くと仁王はくくっと喉を鳴らして笑った。


「お前さんらはケンカをしないイメージがあったわい。だから意外じゃ」
「ケンカぐらいする。ずっと一緒にいるのだから」
「そうかい」


そこで間が落ちた。


「…のう、真田。オレ、ケンカしたことなんかなかったんじゃ」
「………」
「だから、どうすればいいのかよお分からん」


膝を抱える仁王は小さな子供のようだった。


「…オレにも分からん。ケンカしても気が付けば精市とは一緒にいる」
「……そういうもんか?」
「そういうものだ。…とりあえず、柳生はクラスで元気がなかったとだけ言っておく」
「……そうか」


仁王は膝を抱え黙る。ベルが鳴るまで真田は横にいた。







放課後、部活に着く前に真田は幸村と出会った。


「弦一郎、屋上に行ってくれてありがとう」
「いや、かまわない。しかし精市、お前が言っていたような元気のない花はなかったぞ?」
「フフ、そうかい?オレが見たところ花は弦一郎のおかげでだいぶ元気なったみたいだけれど」


含みを持ったその笑いで真田はピンッときた。幸村が言っていたのは花ではなく仁王のことだったのだ。


「何故オレを行かせた。オレよりもお前や蓮二の方が適役だろ」
「お前は不器用だからね」
「…分かっているなら何故だ」


幸村はにっこり笑う。


「弦一郎だからだよ」


真田は目をしばたいた。思わず足も止まる。スタスタと前を歩く幸村の背中を見て、真田は敵わないと思った。
ため息をついてから幸村の後を追う。眉を垂れて笑うその顔はどこか嬉しそうだった。


ネバーランド(恩田陸)
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